「東方儚月抄 〜Silent Sinner in Blue.」
第二話 『玉兎の手紙』

 
あらすじ

  永遠亭で例月祭が催された夜に神社に現れ意識を失った妖怪兎は、
  月も沈み太陽が昇りきった頃にはすっかり回復していた。
  羽衣を手に入れたい霊夢、保護を求める妖怪兎、
  その兎をメッセンジャーとして利用したい永琳…。
  それぞれの思惑は十六夜の夜空に決着を見るか。


誌上情報

  表紙アオリ 大反響御礼!連載第2話掲載!
  あらすじ 前回のあらすじ、幻想郷紹介、大結界紹介、人物相関図アリ
  扉絵アオリ 意識を取り戻した妖怪兎。彼女は幻想郷の者では、ない!?
  柱アオリ あ、起きた!
        これで幻想郷に平穏は訪れるか――?


タイムライン

  (日中)
    博麗神社 … 霊夢、掃除中。保護された兎 (以下、逃亡兎) が目を覚ます。一悶着。
    博麗神社 … 霊夢と逃亡兎、ティータイム。霊夢、昼寝。謎の声、呼び出し。
  (昼下がり〜夕頃)
    博麗神社 … 魔理沙、来訪。霊夢、起床。
    迷いの竹林 … 永琳と逃亡兎、会話。
    博麗神社 … 霊夢と魔理沙、ティータイム。
    迷いの竹林 … 永琳と逃亡兎、会話。永琳、手紙を託す。
  (夜〜深夜)
    博麗神社 … 修行の霊夢と見学の魔理沙。流れ星を目撃。
 
 
  補足
 
   例月祭の行なわれた夜、神社に妖怪兎が現れたのが前話。
   その事で霊夢が永遠亭を訪れたのが儚月抄CLRの第1話であり、
   いずれも同じ夜をメインに描いている。
   儚月抄CLR 第1話のラストでは永琳が 「夜が明けたら神社に向かうつもり」 とある。
   
   本話では、霊夢が永遠亭を訪れたのが 「昨日」 とされており、
   「昨日寝られなかった」 ことが何度か語られている。
   また、儚月抄CLR 第1話のラストから直接リンクして
   永琳が神社をこっそり訪れ、
   神社来訪、神社に保護された兎に接触、手紙を届けさせるなど
   未明の計画を実行に移している。
   これらの事から、本話は第一話の翌日であることが明らかである。


セリフ解説

 ・(三羽のカラス)
 
  ある方面における三人のすぐれた人を三羽烏 (さんばがらす) と言うが、
  近年はあまり用いられない。
  これらの烏が第一話の前鬼・後鬼と同様に紫の式神か否かは不明である。
  しかし、一コマ目に三羽が神社の鳥居上方を飛ぶ描写、
  四コマ目で一羽がアップで描かれ、
  何の関係も無いただのカラスではなさそうな雰囲気である。

 

 ・あっ あれ? 今 どうやって?
 
  霊夢の正面から背後、再び正面へと、瞬く間に移動。
  その動きを霊夢は目で追いきれなかった。
 
  高速移動 (妖夢)、空間移動 (紫)、物質透過 (幽霊?)、ゼロ距離化 (小町)、
  光波操作 (サニー)、分散と凝集 (萃香)、時間操作 (咲夜)
  などは既存のキャラや能力とかぶるか。
  純粋に瞬間移動、催眠術で知覚のブランクを作る、音波に乗る、
  対象者を無慣性で高速回転させる、重力加速度操作 (高速ジャンプ)
  という線も?
  鈴仙と同種族ということで光波操作や催眠術は比較的有力か。
 
  兎にも角にも、第二次月面戦争のカギとして紫注目の霊夢は
  月世界では 「ただの兎」 の一匹に翻弄されるのだった…。
 
  天女の重要な移動手段である羽衣が原住民に奪われる羽衣伝説のような
  お約束の展開で、逃亡兎の羽衣はいったん霊夢に奪われた。
  あっさりと奪還されたが。

 

 ・噂に聞いていた地上の兎がこんな姿だったから
 
  地上の妖怪兎の様な外見。
  服の色 (スクリーントーンの有無) や髪型を見ると
  てゐのイメージが伝わっていた可能性が濃厚か。
  髪の色の違い、人参アクセサリーが無い、
  「見慣れない顔」 (儚月抄CLR 第1話より) から
  変装は細部まで精密ではない模様。
 
  てゐは因幡の素兎に関連が深そうで、
  天石門別命を見知って 「懐かしい」 ということから
  日本神話に語られる相当古い時代から存在していると推測される。
  神話に語られる 「兎」 が古より伝わっていたものか、
  あるいは鈴仙の最新情報が元で、それが月の兎の噂話で少し狂ってしまったものか。

 

 ・三寸級のスペースデブリ
 
  デブリ (debris) とは 「破片、瓦礫、残骸、がらくた、ごみ」 といった意の
  フランス語に由来し、スペースデブリは 「宇宙ゴミ」 を意味する。
  宇宙空間にあって役割を果たさない人工物体の総称である。
  特に、地球の衛星軌道上を周回しているものを言う。
  投棄された人工衛星や打上げに用いられたロケット、
  打上げや船外活動の際に生まれた破片や落し物などのうち、
  大気圏に再突入することなく軌道上を飛行する物体である。
  それら同士の衝突でもさらに細かなデブリが生じる。
  スペースデブリは増加の一途を辿っており、近年では重要問題化しつつある。
  秒速数 km という猛烈な速度で地球周回軌道上を飛翔しているデブリは
  数 cm の微小な物体であっても衝突すれば甚大な被害をもたらす。
  同一軌道を周回する分には相対速度が小さいため問題にはならないが、
  打上げや地球帰還などの軌道とデブリの軌道が交差する場合は危険となる。
  
  三寸 (約 9cm) 程度のデブリであれば宇宙船を破壊する程度のエネルギー
  (運動エネルギー) を持つとされる。
  スペースデブリの衝突速度は 5〜15km/s (拳銃の弾丸は 0.34km/s)、
  衝突確率は 0.12〜0.2%と見積もられている。
 
    参考  「Wikipedia」(スペースデブリ
         「ジーニアス英和辞典」(debris)
         「プラネテス」 幸村誠著、モーニングKC 講談社
         「日経サイエンス2007年11月号」

 

 ・××の罰を受け負い続ける玉兎よ
 
  ×× (嫦娥の本名) の罰の代わりに、
  月の兎の多くは薬を搗き続けている。
  しかしながら、いつまで薬を搗いていればいいかも不明であり、
  罰の代わりには辟易し、解放されたいと願う玉兎もいるようだ。
 
  月の兎が不死の薬を搗く 「玉兎搗薬」 の伝説の東方的真相。
 
  月の都で幽閉の身の嫦娥の罪の代わりに
  月の兎が薬を搗き続けるという構図は、どことなく
  永琳が月の使者を遠ざけるために兎達に餅を搗かせ続ける
  永遠亭の例月祭の構図に似る。

 

 ・昼から寝てると妖怪になるぞ
 
  妖怪は夜に活動する。昼は寝ている。

 

 ・嫦娥計画
 
  中国で進められている月探査計画である。
  2007年9月に打上げ予定の探査機 「嫦娥1号」 を皮切りに、
  月軌道周回、月面着陸、月からのサンプルリターンという 3段階の探査計画が核である。
  探査の実現を経て後、将来的には有人探査も実施されると予定とされる。
  ちなみに、有人の月探査はこれまでのところアポロ計画のみであり、
  月面歩行を行なった事のある人類はたった12人である。
 
  月の都が危険視した月探査はアポロ計画であり、
  新たに危険視しているのが嫦娥計画である。
  アポロ計画は太陽神の名を関していたため月の都と相容れず、
  月の都は発見される危機を免れた。
  しかし、中国神話の月の女神の名を関する嫦娥計画は、
  月の都に嫦娥が幽閉されていることもあり、極めて危険である。
  その他の月探査計画は、月の女神にちなんだプロジェクト名であっても
  その女神が月の都に実在していないこと、
  また、それらが刺客すなわち有人探査でないことから危険ではないのであろう。
  嫦娥計画の有人探査は実現されるとしても少し未来の話である。
 
    参考  「Wikipedia」(嫦娥計画ユージン・サーナン
         「月探査情報ステーション」>トピックス >嫦娥計画

 

 ・嫦娥
 
  嫦娥 (じょうが) または姮娥 (こうが) は中国神話の月の女神である。
  
  それまで定期的に運行していた天帝の子である10個の太陽が
  天空で好き勝手に遊び回る様になり、地上の人々は炎熱と飢饉に苦しんだ。
  天上界に影響は無かったが、地上の様子を見かねた天帝が
  子供達にお灸を据えるようにと弓矢の達人である羿 (げい) を地上に遣わし、
  羿は妻である嫦娥と共に地上に降りた。
  地上の人々の様子と願いに後押しされ、同時に、太陽に対し怒りを覚えた羿は
  9個の太陽を射落とした。(この時落ちてきたのが三本足で黄金色の烏であった)
  こうして地上は救われたが、9人もの子が射殺されたことに天帝は怒り、
  羿と嫦娥は罰として天上から追放、すなわち、天上に戻る事を許されなかった。
  人間のように地上に生きるという事は、死後に幽都に落ちるということであり、
  それは天上界の出である二人には耐え難く恐ろしいものであった。
  死の恐れを回避するため、羿は崑崙山の西方にいるとされる西王母を訪ね、
  不死の薬を手に入れる事に成功した。
  この不死の薬は数千年に一度しか得られないもので、
  その時残存していた量は夫婦二人が飲んで不死になるに充分量だったが、
  それ以上の量は当面入手不能であった。
  与えた薬をもしも一人で全量飲み切ったならば
  天に昇って神になれるとも西王母は告げた。
  羿は夫婦二人で飲むつもりだったが、
  嫦娥は天上に戻りたい一心から夫の不在の隙にこの薬を飲み干した。
  しかし、望みがかない身体が浮かび天上へ向かう一方で、
  天上界に戻っても夫に背いた妻と咎められ嘲られることを嫦娥は恐れ、
  ひとまずは月宮にしばらく身を隠すことにした。
  月宮に到達した絶世の美貌を誇る仙女は、しかしながら、
  醜い蟾蜍 (ひきがえる) と化してしまっていた。
 
  この 「嫦娥奔月」 の伝説は、
  後世の伝説では嫦娥が仙女のままであったり、
  兎を抱いて月に昇った、などいくつものバリエーションが生まれた。
  
  本話では、月の都に嫦娥が居る事が明かされた。
  理由や過程は不明ながら、永琳が作った不老不死の薬を嫦娥が飲み、
  その嫦娥は今でも月に幽閉されているとされる。
  妖怪兎の餅搗き歌にあった 「月に御座す高貴で永遠の御方」 が嫦娥だろうか。
  
    参考  「Wikipedia(英)」(Chang'e (mythology)
         「中国の神話伝説 上」 袁珂著、鈴木博訳、青土社

 

 ・羽衣ってなんだよ お前 天人にでもなるつもりか?
 
  天女の羽衣。反質量の布。
  儚月抄CLR 第1話参照。

 

 ・どうもその妖怪兎は狐か狸の化けた姿だったらしいのよ
 
  永琳の嘘。「私は嘘を吐きません」
  儚月抄CLR 第1話参照。

 

 ・1割ぐらい私のだもん
 
  遺失物法 (明治32年より) によれば、遺失物の返還を受ける遺失者は
  当該物件の価格の5%以上20%以下に相当する額の報労金を拾得者に支払わなければならない。
 
  霊夢は光る羽衣とおまけの妖怪兎の両方を拾ったと主張している。
 
    参考  「Wikipedia」(遺失物

 

 ・匿うって 貴方も逃げてきたの?
 
  貴方 「も」 というのは永琳が逃亡の身であることを言っている。
  逃亡者と言えば鈴仙や輝夜もそうだが、
  永琳が鈴仙や輝夜と接触を持っている事は逃亡兎には明かさないでいる。
 
  儚月抄CLR 第1話において、鈴仙から得た月の兎の情報では、
  兎達がスパイ疑惑から次々に不当な裁判にかけられているとされた。
  ここから永琳は、今回保護された月の兎は拷問から逃げてきたか
  あるいは本当にスパイであるかのどちらかと判断した。
 
  それに対して逃亡兎の語ったところでは
  玉兎搗薬の延々繰り返されるルーチンワークに辟易していた折に
  地上に潜伏する賢者・永琳の革命の噂を頼って地上に降りてきた様である。
 
  単に情報が儚月抄SSBと儚月抄CLRとで制限されているのか、
  逃亡兎が本当に月の不穏な勢力の側なので嘘を吐いているのか、
  あるいは、兎が一匹逃亡した事で疑惑が膨れ上がって裁判&拷問が開始されたのか、
  詳細は不明である。

 

 ・いいんですか? 私は八意様の居場所を摑んだのですよ?
 ・玉兎の一匹や二匹 スペースデブリで亡くなったことにするぐらい容易いことです
 
  何としても思惑通り事を運びたいが、その思惑は背反な両者。
  逃亡兎は地上に匿ってもらいたい。永琳は手紙を届けさせたい。
  逃亡兎は 「私が帰れば今回の騒動の犯人の居場所を即刻ばらしちゃいますよ」
  という発言。逃亡の罪があるため必然的な保身。
  それに対し永琳は、革命とか月世界には興味が無いし、真犯人では無い、
  むしろ犯人を見つけ出したいと前置きしながら、
  「もし私が騒動の犯人ならば、貴方に対して取る行動は匿うか消すかの二択でしょう」
  と発言。脅しが含まれる様にも聞こえるが、
  月に帰れと言ったのは犯人ではないからこそですよ、という主張に結びついている。

 

 ・地上に降りてきた事を正当化できる
 
  賢者の申しつけで地上に降り、手紙を預かって帰還した。
  月への侵略を疑われているので、賢者は直接コンタクトを取る危険を冒さず、
  一介の月の兎を呼び寄せて間接的に接触を試みているのだ。
  とか、そういう筋書きだろうか。

 

 ・月の羽衣で降りてきたと言うことは(中略)そのような者をうちに置くわけにはいきません
 
  永琳の嘘。「私は嘘を吐きません」
  儚月抄CLR 第1話にて、鈴仙が約三十年前に使用した月の羽衣が
  永遠亭内に封印されている事が記されている。
  説得目的もあるし、鈴仙と共に居る事を明かす必要も無いため、嘘も方便。

 

 ・綿月 (わたつき
 
  ずっと昔から地上と月を繋ぐ者たち (月の使者) のリーダーとされる。
  永琳の手紙の宛先でもあることから、儚月抄CLR 第1話で紹介された
  永琳の遠い親戚に当たるお姫様姉妹のどちらかの名であろう。
 
  儚月抄CLR 第1話の解説に記した豊玉比売命と玉依比売の姉妹は、
  大綿津見神 (おおわたつみのかみ) の娘である。
  海の神であり、「海神」 の語は 「わたつみわだつみ」 とも読む。
  海に棲み、海を統括する海の神の総称は綿津見神である。
  ワタは海の意。
 
  第一話冒頭の紫のセリフに関わる月の海と
  月の重要なポストに就く綿月とはその繋がりを予感させるリンクだろうか?

 

 ・ふぁ〜あ わたしゃ眠いよ…
 
  昼寝した霊夢は夜になっても修行に勤しむ。
  それは魔理沙がおネムの時間になっても続けられた。
  日が沈んだばかりというよりは、そこそこ遅い時刻と思われる。

 

 ・昇る流れ星か 滝を登り切った鯉が龍にでも成長したかな
 
  「登竜門」 に基づくセリフ。
  「竜門」 は黄河上流の竜門山を切り開いてできた急流。
  この竜門という河を登りきった鯉は竜になるという伝説があり、
  これになぞらえたのが 「登竜門」 の諺である。
  鯉の滝登りとも言われ、鯉幟の元ネタ。
  
  また、流星を龍に例えてドラゴンメテオか。
 
  流星は宇宙の塵や小石が地球大気圏に突入し発光する現象である。
  ある一つの流星を考える時、
  それが上空から地平線に向けて落ちる様に観測されたとしても
  同じ流星が地平線から昇る様に観測される別の地点もある。
  昇る流れ星はあり得ない現象あるいは珍奇な現象ではない。
 
  「東方三月精」 では 「神社からみるとお彼岸の日には鳥居から日が昇り」 とある。
  神社から見て鳥居の方向が真東にあたる。
  博麗神社は幻想郷の東端であり、正確には幻想郷ではない、
  と 「東方求聞史紀」 に記されている。
  神社から見て鳥居の向こう側は幻想郷の外であると言える。
  逃亡兎が幻想郷外の、神社より北〜東北あたりの地から飛び立ったのか、
  幻想郷内の、神社より南〜南西あたりの地から飛び立ったのかは不明。
  後者の場合は神社から帰ろうとした魔理沙が振り返って流星を目撃した構図となる。
 
    参考  「Wikipedia」(登竜門

 

 

 

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