「東方儚月抄 〜Silent Sinner in Blue.」
第七話 『月のお姫様』

 
あらすじ

  大陸風の建築物群、妖怪兎のような風貌に溢れる街角。
  幻想郷とは雰囲気の異なる、ここは月の都。
  時間は第二話の後に戻って月視点。
  地上で依頼された手紙を携えて、
  一度は逃亡の身となった一匹の玉兎が綿月の宮殿を目指し走る。


誌上情報

  あらすじ  これまでのあらすじ、月世界と永遠亭の人物相関図アリ
  扉アオリ 月の都に無事到着!いざ、永琳から預かった手紙を渡しに行かん!!
  柱アオリ 走れ玉兎!亀よりも速く!!
         空気を一変させた手紙の内容とは…!?


タイムライン

  (月の都)
   日時不確定。
   逃亡兎、綿月の宮殿に到着。番兵と揉めていると豊姫に踏まれる。
   綿月姉妹に迎え入れられた逃亡兎はレイセンと名付けられる。
   綿月姉妹、永琳の手紙を読みショックを受ける。
 
 
  補足
 
   日時は不確定である。
   第二話の直後、逃亡兎は最優先で綿月の宮殿へ向かったと考えられ、
   本話での登場 (第一コマ) から門前に至るまで駆けていた。
   地上から月面、着陸地点から月の都へと、
   最短時間で到着できるよう急いだと考えられる。
 
   では、その時間はいかほどかと考えると、それには手掛かりが乏しい。
 
   儚月抄 CLR 第1話の兎情報で情報の錯綜ぶりから
   兎の逃亡と拷問とはさほど時間間隔が大きくなく、
   すなわち逃亡兎が月を脱し地上へ至るまでたいして時間を要さず、
   数時間から四半日程度とも推測できる。
   しかしながら、逃亡発覚のタイムラグや兎情報の信憑性を鑑みると
   ぜんぜん当てにならない推論である。
 
   本話では、逃亡兎が身元を照会されるのを避けたかったのは
   さすがに保護者?やその近辺には逃亡が発覚しているため。
   が、町や番兵の様子には手配書の類が出回っているという素振りがなく、
   逃亡後間も無いことを裏付けているとも解釈できるだろうか。
   (ちなみに、兎達への拷問があった様子もまた無い)。
   これには、町民レベルには捜査の手(手配書や拷問)は及んでいないとか
   鈴仙スパイ説で反論も出来るか。
 
   一方、天文学的には、月の裏側にある月の都が昼(日中)である点が着目される。
   月の自転周期はおおまかに28日。
   地上で昼が12時間、夜が12時間と大雑把に考えれば、
   月では昼が14日、夜が14日であるのと同様である。
   地上から見て満月である時、月の表側が昼、月の裏側は夜である。
   月の都が月の真裏とは限らないので多少の誤差を見積もっても、
   月の裏側が昼となるには、逃亡兎が地上を発った十六夜から
   10〜20日くらいは経過したところだろうか。
   この場合、前述のタイムラグや捜査レベルも仮説に組込む必要がある。
   尤も、「裏の月」 が地上の性質(重力、大気)を持つ以上は
   月の都での昼夜の周期も現実の 「表の月」 と同等ではない可能性もある。
 
   てな感じで、日時不明。


セリフ解説

 ・(ブレザー)
 
  逃亡兎の服装は地上で見せたものとは異なっている。
  コスチュームがてゐ風から鈴仙風に変わっただけであり、
  本人は 「変装」 (第二話) と表現していたが、ただのコスプレ疑惑。

 

 ・(扉絵の城門)
 
  前回考察に持ち出した紫禁城を引っ張るが、
  紫禁城の午門または神武門を元にしたイメージに思える。
 
    参考  「Wikimedia Commons」(午門神武門

 

 ・(ガーッ)
 
  古風に見せ掛けて、そこは超文明を誇る月の都、
  意外なところで自動ドアが設けられている。

 

 ・(番兵)
 
  外観は兵馬俑に見られる秦代の兵士の鎧に基づくだろうか。
 
    参考  「Wikimedia Commons」(Terracotta Army

 

 ・桃李物言わざれども 下自ら蹊を成す
 
  綿月豊姫の第一声。とうりものいわざれども、したおのずからみちをなす
  史記・巻109・李将軍列伝第十九より 「桃李不言、下自成蹊」。
  「桃李は何も言わないが、美しい花や実があるから人が集まり、
   下には自然に道ができる。徳ある者は自ら求めなくても、
   世人はその徳を慕って自然に集まり従うというたとえ

  (広辞苑 第五版より)
 
  豊姫は丸窓から外を眺め、窓から手を伸ばせば届きそうな近さに実る桃を見て
  「桃や李はおいしい実を付けるので何も言わなくても人が集まってくる」 と述べた。
  目に映る桃に誘われて道ができるのは自然なことであり、
  私が手を伸ばして桃を得、それを味わうのも自然な成り行きである、とか
  そのような自己弁護であろう。
 
    参考  「中國哲學書電子化計劃」>史書 >史記
         「広辞苑 第五版」 (桃李言わざれども下自ら蹊を成す)

 

 ・桃
 
  桃の花は春の季語、桃の実は秋の季語である。
  4月頃に花開き、7〜8月頃に実を付ける。
  中国においては仙果であり、邪気祓い、長寿を示す。
  日本においても邪気を払う力があるとされた。
 
  中国神話で嫦娥が飲んだ不老不死の薬は
  西王母が嫦娥の夫に与えたものだが、
  その西王母は桃と密接である。
  図像の多くは桃を伴い、また、神話・物語においても
  王母桃を授けたりする (時には食べられたり@西遊記)
 
    参考  「広辞苑 第五版」 (桃)
         「Wikipedia」 (モモ
         「ぽんずのページ」>中国雑記帳 >西王母と長寿の桃

 

 ・(ビヨーン)
 
  番兵の武器。ライトセーバーに似る (そのもの?)。

 

 ・お前は誰に仕えている兎なんだ?
 ・身元を明かすと私が地上に逃げたこともばれてしまう
 
  どうやら兎は月の民の誰かに仕えるもののようである。
  その保護者 (飼い主?) はすでに逃亡の事を知っているため、
  逃亡兎はその 「身元」 を明かせないと考えを巡らせている。
  「身元」 の詳細は不明。
  どのようなレベルの月人なのか、羽衣の入手難度は如何ほどか…。

 

 ・海と山を繋ぐ月の姫 綿月豊姫
 
  月のお姫様姉妹の姉、わたつきのとよひめ
  名前と二つ名は共に豊玉比売 (とよたまびめ) にちなむ。
  
  豊玉比売は海神・綿津見神 (わたつみのかみ) の娘。
  海の宮にやってきた山佐知比古 (やまさちびこ) の姿に
  豊玉比売は一目で魅せられ、早速妻となった。
  三年後、山佐知比古の望郷の念を豊玉比売は察し、山佐知比古は地上へ帰った。
  その際、綿津見神は水の満ち引きを操る2つの玉を授け、
  山佐知比古がその兄・海佐知比古 (うみさちびこ) を服従する助けとなった。
  また、豊玉比売は山佐知比古の子を身籠り、地上の山佐知比古の傍で出産に備えたが、
  その出産の際に見るなの禁を破った夫に鮫の姿をのぞき見られたため
  これを恥じ恨み、豊玉比売は夫と子から離れ海へと戻ってしまった。
  子の世話に豊玉比売は妹・玉依比売 (たまよりびめ) を遣わせた。
 
  ちなみに、その子と玉依比売とはその後夫婦となった。
  こうして、思金神から見ると人間的に言えば複雑な親族関係となった。
 
  豊玉比売 (の召使い) と山佐知比古との出会いは、
  水汲みに来た下女が井戸に映る光に気付き
  頭上を仰ぎ見て樹上の山佐知比古の美しい姿を認めるシーンから始まる。
  落ちてきて足元に潰れた桃に逃亡兎が気付き
  頭上を仰ぎ見て、まさに迫り来る豊姫の美しい (?) 姿を見留めるシーンも
  古事記にちなんだもの…かどうかは不明。
 
    参考  「古事記」 梅原猛著、学研M文庫
         「【縮刷版】神道事典」 弘文堂

 

 ・神霊の依り憑く月の姫 綿月依姫
 
  月のお姫様姉妹の妹、わたつきのよりひめ
  名前と二つ名は共に玉依比売にちなむ。
  上の項を参照。
 
  「タマヨリヒメの名は、神との聖婚の相手、つまり
   神霊を宿して子を生む女性の一般的な名称であり、
   神武の母のタマヨリビメ、三輪山説話のイクタマヨリビメなどと共通する

  (【縮刷版】神道事典・タマヨリヒメの項より)
 
  「神武の母のタマヨリビメ」 とは、豊玉比売の妹・玉依比売であり、
  玉依比売は神武天皇を生み養育した。
 
  海と陸とを自由に往来できなくなった豊玉比売と山佐知比古との間で
  歌の贈答を介在したのも玉依比売である。
 
    参考  「【縮刷版】神道事典」 弘文堂

 

 ・燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや
 
  綿月依姫の放った故事成語。えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや
  史記・巻48・陳渉世家第一より 「燕雀安知鴻鵠之志哉」。
  「小さな鳥には大きな鳥の志はわからない。
   小人物は大人物の遠大な志を知ることができない

  (広辞苑 第五版より)
 
  月側からすれば地上に追放された、知っている者からすれば地上に逃亡した、
  それが八意永琳、姉妹の教育者。
  逃亡の理由は姉妹にも及びもつかない考えがあってのものであろう、
  要するによく判らない、謎の逃避行動。
  でも、「間違ったことをする方じゃないからね
 
    参考  「中國哲學書電子化計劃」>史書 >史記
         「広辞苑 第五版」 (燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや)

 

 ・月の兎には課せられた仕事があるはずです
 ・貴方の仕事は餅搗きだったはず
 
  月の兎に課せられた仕事は餅搗き一本ではなく、
  兎ごとに異なっているというニュアンスでの、貴方の仕事 『は』、だろうか。

 

 ・月の使者のリーダー
 
  現在は綿月姉妹。
  地上と月を行き来して某かするのが仕事。
  逃亡者 (永琳) の討伐も仕事ということになっているが、
  そんなことは永遠に為されないと自ら発言している。
  また、逃亡兎への発言から「月の都を守ること」も彼女達の仕事のようだ。

 

 ・貴方にはちょうどいいわね
 
  逃亡兎にはレイセンの名が与えられた。
  これまでの生活に戻れない逃亡兎に 「罰」 という建前で
  姉妹のペットの一員に加えられることとなった。
  レイセンとは 「昔地上に逃げたペットの名前」 と豊姫の解説があり、
  鈴仙の昔の名前であろうと推測される。
  「ちょうどいい」 とは、
  地上に逃亡したレイセンが戻って来たようで姉妹にとって良いのか、
  地上への逃亡経験という共通点が重なってこの上なくしっくりきているのか、
  レイセンの空席が埋まることで体裁面でフラットになって問題視されないということか…。

 

 ・玉兎をたばねるリーダー
 
  月の都の別の部局ないし派閥といった構図か。
  レイセンを匿うことで 「また目を付けられる」 と依姫は案ずるが、
  豊姫が 「何を今更」 と返す程度の問題で、
  すでにそこそこの対立要素を抱えてきているようである。

 

 

 

 

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