「東方儚月抄 〜Cage in Lunatic Runagate.」
第1話 『賢者の追憶』

 
あらすじ

  例月祭の夜、竹林の中の永遠亭。
  兎達の歌を聴きながら空を眺めていた永琳は
  空から光の布が舞い降りてくる様子を目撃していた。
  永琳には判っていた。それが月の羽衣であり、
  羽衣を使った何者かが月から幻想郷に降り立ったであろう事を。
  使者と罪人と永遠亭――暗く静かな夏の夜の一幕。


誌上情報

  表紙アオリ ZUN書き下ろし小説
  紹介記事 東方Project ――人と妖怪が共存する箱庭
         ・幻想郷という楽園
         ・スペルカードルールと異変
         ・異変=作品紹介
         人物相関図、登場人物紹介アリ


パラグラフ編成

  1)夏と夜の描写。空から舞い落ちる何か。
  2)(以降、永琳視点)。例月祭とは。舞い落ちてきた光の布について。
  3)例月祭終了の報告と共に鈴仙登場。鈴仙の紹介。
    鈴仙と永琳の会話…「例月祭の様子」「てゐの行方」
  4)輝夜と永琳が隠れ住む経緯。竹林と永遠亭について。
    永遠亭のはじまりからてゐとの出会いまでを紹介。
  5)引き続き鈴仙と永琳の会話…「てゐについて」「例月祭の時の周辺状況」
    てゐの紹介。気がかりな月の羽衣。
  6)月の羽衣とは。あの事件(永夜異変)と歴史が動き始めるということ。
  7)鈴仙退場。遠い記憶の教育者永琳。二人のお姫様姉妹について。
    蓬莱の薬と輝夜の大罪。当時の輝夜と永琳の会話…「蓬莱の薬と穢れ」
    輝夜と地上観。輝夜&永琳の逃亡の経緯。
  8)大慌てで鈴仙、再登場。霊夢の来訪。霊夢と永琳の会話…「妖怪兎」
    てゐ、不意に登場。てゐ、鈴仙、永琳の短いやりとり。
  9)霊夢と永琳の会話再開…「謎の妖怪兎」
    永琳は月の兎と確信。霊夢には嘘情報。霊夢退場。
  10)鈴仙と永琳の会話…「月の羽衣と月の兎」
    鈴仙の逃亡と月の羽衣についての昔話。鈴仙に永琳の指示。
  11)鈴仙、月と交信。月世界と地上人との戦争、月面戦争について。
    月世界の新しい勢力の謎。輝夜の登場。
    輝夜と永琳の会話…「月の情勢と月の羽衣、その他経緯」「鈴仙との出会い」
  12)鈴仙の報告…「地上からの侵入者」「月の兎とスパイ」
  13)輝夜と鈴仙の動揺。鈴仙と永琳の会話…「対策」
  14)永琳の手紙。
 
 
  補足
 
   例月祭の催された日の夜から夜明けまで。
   儚月抄(SSB)第一話とは例月祭・傷ついた妖怪兎・天石門別命の一致があり、
   同じ日なのであろう。
 
   複合すれば以下の時系列になると思われる。
   (カッコ書きはSSB第一話より) 《二重カッコは描写無し。そのように推測される》
 
   夜の例月祭   →(輝夜、永琳の部屋へ)
   →(兎の歌を聞きつつ月の事を話す二人)
   → その際、月の羽衣を目撃
   →(兎の歌が止む) 《例月祭の終了》
   →《輝夜、退室》
   → 祭の後片付けも半端に、てゐは神社方面へ
   →(神社では巫女が修行中。) てゐ、天石門別命を目撃
   →(神社に月の兎が現れ保護される)
   → ちょうどその頃、鈴仙が例月祭終了報告に永琳の部屋へ
   → 鈴仙、後片付けを終えるため退室
   →→ 霊夢、兎の件で永遠亭を訪ねる
   → てゐもいつの間にか帰宅   → 霊夢退場
   → 鈴仙、月と交信   → 輝夜再び永琳のもとへ
   → 鈴仙の報告。永琳の対策
   → 永琳、手紙をしたため種々の仕掛けを施す。そして、夜明け。

 
解説と雑学

 ・十尋 (およそ18メートル) 以上
 
  月の羽衣の長さ。
  尋 (じんひろ) は長さの単位である。
  両手を左右に広げた長さ。
  五尺 (1.515m) または六尺 (1.818m)。
  千尋 (ちひろせんじん) としてよく耳にする。千尋の谷とか。
  
    参考  「広辞苑 第五版」

 

 ・布の様なひらひらの物体は、まるで何処かで見た児童向け創作妖怪の様に空を自由に飛び
 
  月の羽衣の舞い落ちてくる様子。
  「ゲゲゲの鬼太郎」 でおなじみの一反木綿を表現に借りている。
  一反木綿は大隈半島でいう妖怪で、約一反 (約10m×約30cm) ほどの布が
  ひらひらと飛び、夜間に人を襲うとされる。
  
    参考  「日本妖怪大事典」 角川書店

 

 ・月と地上の距離が最も近くなる満月の日
 
  例月祭の日。
  地球を周回する月は、
  その軌道から地球に対して多少の遠い近いはあるが、
  それが月齢と相関するわけではない。
  満月とその他の月齢の月と比較して、満月が最も地上に近いという場合は、
  月と 「真夜中の地上と」 の距離が最も近くなる、が正確か。
  (が、正確性と文章の判り易さの兼ね合いから、原文の方がもちろん適している。)
 
    参考  「Wikipedia」(満月

 

 ・丸い物を偽の満月と見立てて、相対的に満月を遠ざける
 
  例月祭の意味。
  地上あるいは地上の永遠亭が偽の満月と密接となり、
  その分だけ真の満月とは遠くなる、という呪術だろうか?

 

 ・月の兎が搗いている物は (中略) 本来は薬である
 
  団子に薬を混ぜる意味。
  中国の神話、「玉兎搗薬」 より。
  「嫦娥奔月」 に知られるいくつかのバリエーションのうち、
  嫦娥が月に昇る際に兎を抱いていた、というものでは
  その玉兎は神薬山から摘んできた薬草を絶えず杵で搗くという。
  故事に倣うことで呪詛が強まるのだろうか?
  ちなみに、「搗く」 は 「つく」 であり、「ひく」 のルビは誤り。(編集側のミスか)
  
    参考  「エクスプロア上海」(中秋節と月餅
         「人民中国」(祭りの歳時記8、中秋節
         「きてみてタイランド」(中秋節

 

 ・兎達が団子を摘み食いする事を想定した
 
  団子に薬を混ぜる意味。
  興奮剤配合。トランス状態も呪術の一助か。
  また、団子の摘み食いは 「月見どろぼう」 を意識したものだろうか。
  月見における日本版ハロウィンが月見どろぼう。
 
    参考  「大阪市立科学館」(お月見のはなし>5.風習)

 

 ・私が地上人らしく名字を付けてあげたのだ
 
  本名・レイセンの改名。
  この言葉から推測すると、
  レイセンを漢字表記で鈴仙とし、名字に充てたのが永琳であるらしい。
  ついでにミドルネーム (?) の優曇華院も永琳によるものと
  「東方永夜抄」 のキャラ設定に語られる。
  改名により名字を持った事で、その呪 (しゅ) から地上に属する性質が強まる、
  といったところだろうか。
  同時に、いつしか月に移り住んだとされる八意家というキャラ設定から、
  八意永琳は地上人の血を引く者、または地上人であると推測される。

 

 ・一匹の白い服を着た妖怪兎が迷い込んできて
 
  因幡てゐと永遠亭。
  輝夜の永遠を操る能力と永琳の智慧により仕掛けが施された永遠亭は
  迷いの竹林という立地条件に加え、歴史が固定され、歴史的な事が起こり得なかった。
  その特殊性に関わらず、竹林の持ち主であるという因幡てゐは
  永琳達への接触に成功した。
  何故てゐが永遠亭に入る事が出来たのかは永琳にも未だ判らない。
  また、てゐは永琳との取引きから人間を寄せ付けないようにする事を約束している。
  これは人間を幸運にする能力により、竹林からの脱出を促進できるから可能だろうか。
  
  永遠亭に入り込めたのは、その能力が人間に限定されず
  兎達にも適用できるためと考える事ができるだろうか。
  その際は兎達を幸運 (智慧の獲得) に向かわせる力が
  永遠亭に施された仕掛けを越えるに充分であったということで、
  てゐがそれだけの力を秘めている事になる。
  この場合は、足がラッキーアイテムとされる兎達に幸運能力を適用したため
  幸運パワーが異常に増幅されたとも想像できるが。
  あるいは、自称竹林の主のてゐが、永琳達が竹林に足を踏み入れる直前から
  幸運能力を永琳達に秘密裏に施し、永遠亭に隠れ住む術式自体に原初から介入した事で
  永遠亭の仕掛けはてゐには何の影響も示さなかったとも妄想出来る。
  一方、神話で因幡の素兎が大穴牟遅神に告げたセリフも、
  てゐが幸運を付与したとも解釈可能。
  そういえば、古事記には因幡の素兎について、
   於今者謂菟神也。(いま、兎神と世の人は言っている)
  とあり、妖怪兎という分類自体がウソなのかもしれない。
  妖怪兎を束ね、天石門別命の姿を見る事が出来、実は強大な力を持つ…かも?
 
    参考  「国立国会図書館」(近代デジタルライブラリー>古事記・明3>上34頁)
         「古事記」 学研M文庫

 

 ・天女の羽衣は反質量の布である
 
  月の羽衣と混同されやすい物として、月の羽衣とあわせて紹介し、違いを示した。
  反質量は、負の質量という意味合いだろうか。
  万有引力方程式 F = G mM/d^2
  引力は2つの物質 (質量をそれぞれ m、M とする) のそれぞれに比例し、
  その間の距離 d の二乗に反比例する。G は万有引力定数。
  仮に m を天女の羽衣の質量とし、M を地球の質量とすると
  m<0 のため、地球から羽衣が受ける力は F<0、
  すなわち本来は引力 (F>0) となるはずの地球との相互作用が斥力となる。
  地球に引っ張られるどころか逆方向へ加速度を受ける。
  天女の体重をも持ち上げるのだから、羽衣の質量はマイナス数十キロ以下となり、
  となると使用しない時のアンカリングが大変とか
  運動エネルギーがどうなるかなどは考えてはいけない。
 
    参考  「Wikipedia」(万有引力

 

 ・月の羽衣は月の光を編みこんだ波で出来ている0質量の布である
 
  満月と地上を繋ぐ一種の乗り物と紹介される月の羽衣。
  満月が条件であったり、月の光でできている、質量無しと軽量であることから
  ソーラーセイルならぬルナセイルを意識しているだろうか?
  ソーラーセイル、太陽帆はSFでお馴染みの他、実際にも研究が為されている。
  宇宙船の推力として考えられている器具で、
  丈夫で巨大な薄膜鏡を広げて太陽光などを受け、
  その光圧を推進力に変えようというもの。
  燃料不要のエコシステム。
  実現には、極めて軽量でありながら広い面積を保持出来、
  光を受けて宇宙船のような大質量を押し進められる強度が必要となる。
 
  月の羽衣の場合は、その特殊な素材に満月光線を受ける事で
  神秘的な増幅などが起こったりして強力な推力を得ているのかもしれない。
  月の重力を振り切った後は地球の重力に引かれ、地上へと到達する。
  その際には地球に降り注ぎ反射する月光を月の羽衣に受ける事で
  ブレーキ代わりになり、軟着陸が可能となるだろうか。
  同じ要領で地球から月へも帰還出来るかもしれないが、
  満月の夜に月へ向かうと逆に強力な満月光線に弾き返される恐れも?
 
  天女の羽衣と同様、ツンと突付いて少しの運動エネルギーを与えた時の
  速度を算出しようなどと考えてはいけない。
 
    参考  「Wikipedia」(太陽帆

 

 ・輝夜姫以外にも、二人のお姫様姉妹を小さい頃から教育していた。
 
  「人間風に言えば私から見て又甥の嫁、及び又甥夫婦の息子の嫁」 のお姫様姉妹。
  兄弟姉妹の息子が甥 (おい) であり、甥の子が又甥 (またおい) である。
  永琳の又甥とお姫様の姉の方が結婚し、
  その夫婦から生まれた子とお姫様の妹の方が結婚した、ということ。
  八意永琳と名前やスペルカード方面でリンクしている思金神 (おもいかねのかみ) に
  注目すると、思金神の妹 (姉) に万幡豊秋津師比売命 (よろずはたとよあきつしひめのみこと)、
  その次男、すなわち甥に邇邇芸命 (ににぎのみこと)、
  その三男、すなわち又甥には火遠理命 (ほおりのみこと)、
  その嫁は豊玉比売命 (とよたまびめのみこと)、
  その息子の嫁が玉依比売 (たまよりびめ) である。
  思金神の又甥の嫁が豊玉比売命、又甥夫婦の息子の嫁が玉依比売であり、
  豊玉比売命と玉依比売は姉妹である。
  永琳とお姫様姉妹の珍しい親戚関係に見事に一致しており、
  これらの関係が意識されている可能性は高いと言える。
  複数の姫 (比売?) が月に居る事にも一致するか。
  
    参考  「男女神社」(神々の系譜
         「古事記」 学研M文庫

 

 ・蓬莱の薬
 
  地上の人間の話を好んでいたカグヤは、
  月人が穢れとしていた地上や地上人を魅力的に見ていたのかもしれない。
  月の都から追放されるようにわざと仕向けるべく、
  蓬莱の薬服用という大罪をカグヤは敢えて犯したと永琳は推測する。
  蓬莱の薬は不老不死の薬の一種のような表現がされ、
  カグヤに不老不死の薬をせがまれた永琳は蓬莱の薬を作ってみせたという。
  蓬莱の薬を持つ事自体は月の民からすれば不思議な事では無いとされる。
  (従って、製造すること自体は問題無いと思われる。)
  蓬莱の薬は、地上の権力者を試すことや人間の騒乱の火種に使われるのが主である。
  一方でその服用は不老不死の誘惑に負けた地上人と同等の穢れを意味し、
  月人社会では大罪であり、罪を償ったとしてもその穢れからまともな月生活は送れない。
  (蓬莱の薬を服用したカグヤは処刑された。
   しかし、永遠を操る能力によりカグヤが即座に転生してしまったため、
   月側はカグヤを地上へと追放した。)
  地上で暮らす輝夜に対し、(追放から数年後には)
  月から輝夜を連れ戻す為の使者が送られた。
  その中に永琳も居り、永琳は輝夜に対する後悔 (と申し訳ない気持ち) から
  輝夜と共に地上で暮らす道を選択した。
  月の都に戻っても、地上人と同じ穢れを持つ輝夜がまともに生活できるはずもなく、
  輝夜の為の選択であった。
  永琳は使者を欺いて輝夜を救い出し (輝夜と永琳は共謀して使者を皆殺害し)、逃亡。
  迷いの竹林に暮らしの場を設け、地上での生活を今日まで送ってきている。
  
  ↑カッコ書きは東方永夜抄キャラ設定テキストに基づく物で、
  儚月抄CLR 第1話では語られない。
 
  ちなみに、蓬莱の薬は輝夜の永遠能力と永琳の創薬能力で出来上がっているとされるが、
  このことが語られるのは東方永夜抄でのラストスペルとしての 「蓬莱の薬」 の前口上、
  あるいはそのスペルカードコメントにおいてであり、
  月でカグヤが永琳に作らせて服用した蓬莱の薬の方は
  永琳が独力で作り上げたかのような表現がキャラ設定テキストで用いられている。
  通常版と永遠能力付加版の二種類の蓬莱の薬があるのかもしれない。

 

 ・月の羽衣が舞い落ちたのは東の空、東と言えば神社のある方向である
 
  神社の事は 「幻想郷の東の外れ」 という表現もあるため、
  通例の方角としての東なのか、幻想郷の東端としての 「東の地」 としての東なのか不明。
  と、当サイトの幻想郷マップを考え直し描き直すのが面倒なのでお茶を濁しておく。

 

 ・……天石門別命。懐かしい神様が見えた
 
  神社の方で気になる物 (月の羽衣とか) を見なかったかと問われたてゐの回答。
  天石門別命が高天原から地上に降臨したのは
  因幡の素兎のエピソードよりも後の事である。

 

 ・ボウフラ
 
  ボウフラは蚊類の幼虫。夏の季語。
  汚水中に多量に湧き、踊る。
  妖怪はボウフラみたいなものだから、
  知らない妖怪兎が一匹くらい湧いても不思議な事は無い。
  という霊夢の暴論に用いられた。
  
    参考  「広辞苑 第五版」

 

 ・それに見慣れない顔だったし……
 
  謎の妖怪兎についての霊夢の印象。
  この表現は兎型より人型が意識されているであろうか。
  妖怪兎は人型であったり兎型であったりと
  描かれるイメージは異なったりするが、
  小説版では人型が意識されているかもしれない。
  そもそも妖怪なので自在な人化はデフォルトで備わっているかもしれないが。

 

 ・量子印
 
  永琳が手紙に施した仕掛けの一つの特殊な印鑑。
  途中で中身を読んだ人数が判る仕掛けで、盗み読みや改竄を避けるための一環。
  
  量子状態の特性を利用したアイディアとして、
  現在実用化の可能性があるとされ研究されているものに量子暗号がある。
  光子の偏光によって0と1のデジタル情報を組み立て、
  これを量子鍵として配送し、送信者と受信者の情報の一致を見る。
  盗聴者が居たとしても、光子の偏光の検出に用いる0と1の両方のフィルターを
  1つの光子に同時に適用する事は出来ないし、間違ったフィルターを選ぶと
  光子の偏光方向を変えてしまうため、
  送信者と受信者は2人の情報の不一致から盗聴を知る事が出来る。
  盗聴がなければ暗号鍵を適用、盗聴があれば破棄し、
  秘密鍵や秘密情報の安全性は保たれる。
  量子力学の基本原理である不確定性原理によれば、
  量子状態の性質の1つを測定したら別の性質にも必ず変化が生じるため、
  量子暗号は原理的に決して破られることのない暗号鍵を作れるとされる。
  現在は光ファイバーの伝送実験が行なわれたり衛星を介する経路や
  量子もつれという量子現象の導入などが検討されている。
 
  永琳の量子印は、盗み見による量子状態の変化から
  盗み見の有無を人数情報レベルで知る事ができるが、
  盗み見を防ぐ事まではできない。
  不審者を見出せる事と本人証明の目的にとどまるようである。
  
    参考  「Wikipedia」(量子暗号
         「日経サイエンス 2005年04月号」 日本経済新聞社

 

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