「東方儚月抄 〜Cage in Lunatic Runagate.」
第二話 『三千年の玉』

 
あらすじ

  中秋の名月の夜、秋の長雨の中の永遠亭。
  例月祭の準備が進められる一方、輝夜は室内で盆栽を見つめる。
  穢れに応じて美しき実をつけ、蓬莱の玉の枝ともなる優曇華の木。
  襲撃事件を機に永遠を脱し、穢れにさらされることとなった永遠亭の
  永遠亭自体や住人達の変化について輝夜は考えを巡らせる。


誌上情報

  表紙アオリ ZUN書き下ろしノベル 人気沸騰連載中
  扉アオリ  静かに動き出す永遠亭の刻 輝夜が永遠の代わりに掴んだものとは――
  紹介記事 東方儚月抄・3誌連載総合情報、人物相関図アリ


パラグラフ編成

  1)(今回は輝夜視点)
    永遠亭と輝夜の施した魔法について。不思議な盆栽。
  2)永琳の部屋を訪ねる。
    永琳と輝夜の会話 … 「中秋の名月」 「雨月」 「例月祭」
  3)永琳の兎観の変化について。
  4)昔の地上生活 (竹取物語) について。そして、幻想郷。
  5)引き続き永琳と輝夜の会話 … 「ペーハー」
    輝夜の付け焼き刃の知識と永琳の博識。
  6)台所に移動し、鈴仙に会う。
    鈴仙と輝夜の会話 … 「恒例の例月祭」 「今夜の例月祭」
  7)輝夜の自室。
    永遠亭面々の仕事と輝夜の退屈さ。退屈の打破と盆栽を愛でる仕事。
    優曇華と穢れと蓬莱の玉の枝について。
  8)永琳入室。
    永琳と輝夜の会話 … 「今夜の例月祭」 「優曇華の盆栽」
    優曇華の盆栽の現状について。穢れと心境の変化について。
  9)引き続き永琳と輝夜の会話 … 「今夜の例月祭」 「今回の事態について」
    兎の餅搗きの様子。月の都と幻想郷の不穏な感じについて。
  10)永琳と共に外で片付け中の鈴仙達のもとへ移動。
    三人の会話 … 「月見」 「難題・七色団子」 「幻想郷の不穏な空気」
  11)輝夜の心境の変化、永琳の心境・行動の変化。
  12)引き続き永琳と鈴仙の会話 … 「吸血鬼の動向とメイド」 「心配ない」
 
 
  補足
 
   中秋の例月祭、その準備から片付けの頃まで。
   儚月抄(SSB)第四話も同日で、幽々子が団子と雨月を堪能し、
   咲夜が夜の雨の中、神社まで出掛けた日である。
 
   但し、咲夜が資料探しに永遠亭を訪れたのは「この間」(鈴仙)なので
   咲夜の神社訪問と同じ日ではなく、SSB第四話よりも前の事である。
   SSB第三話時点の探し物がロケットの資料であり、
   SSB第四話時点ではロケットの推進力の手掛かりを探していた。
   本話では「月に行く為の資料」を探している、という表現のため、
   第三話でレミリアに命じられる前から先んじてロケットの資料を探したのか、
   第三話で香霖堂を訪れる前後で永遠亭にも立ち寄っていたのか、
   第三話の後、第四話の前の頃から推進力探しが始まっていたのか、
   正確なところは不明であり、咲夜の来訪がいつだったかも不明である。

 
解説と雑学

 ・二、三年ほど前の地上の民による襲撃事件
 
  永夜異変。
  永琳は前話にて 「三〜四年前」 としていたが、
  非常に長く生きている者からすれば一年二年程度は
  容易くぶれるのかもしれない。
  一方で、本話終盤では 「三年程前」 とされている。
 
  永夜異変は三年前の出来事と目される。

 

 ・永遠の魔法
 
  輝夜が永遠亭に施していた魔法。
  永遠亭当初から永夜異変頃まで
  永遠亭の歴史の進行を止めていた。
  穢れを知らず、変化を拒む効力があったが、
  地上の民の魅力に直面したことで
  永遠に怯えて籠もる生活が馬鹿らしく思え、
  輝夜は自らその魔法を解いた。
 
  輝夜の永遠を操る能力による。
 
  「東方求聞史紀」 においても
  同じ表現、「永遠の魔法」 の語が用いられている。(p.130)

 

 ・(永遠)
 
  月世界の性質。永久不変。穢れの対極。
  地上においては輝夜の能力により実現される。
 
   生き物は成長を止める
   食べ物はいつまでも腐らない
   割れ物を落としても割れる事はない
   覆水も盆に返る
   月の都からの使者に怯えて暮らす日々

 

 ・(穢れ)
 
  地上の性質。諸行無常、生者必滅。
  輝夜は地上に憧れはしたが、月人の自覚から地上の穢れを恐れ、
  また、月の使者から隠れるためにも永遠の魔法を発動した。
 
   飼っていた生き物は皆一様に寿命を持つ (飼い主は蓬莱の薬を服用)
   食べ物は早く食べないとすぐに腐る (物によるが、永遠から見れば 「すぐ」 か)
   高価な壺は慎重に持ち運ばないといけない
   覆水盆に返らず (復縁もならず)
   明るく楽しい日々
 
  ・穢 (けがれ
  汚れて悪しき状態。清浄の反対の観念。神道においては忌まれる状態。
  古来、罪は人的行為によるものであるが、穢は自然発生的現象によるもの
  であり、汚濁が身につくことで、個人のみならず社会的にも災いをもたらすと
  考えられた。穢は一般に禊みそぎ で浄化できるが、斎場や共同体などに
  それを持ち込み秩序などを乱したものには、罪としてさらに祓 はらえ
  課せられた。最近の民俗学ではケガレを <ケ=気> が枯れた状態、すなわち
  「気枯れ」 ととらえる見方も一部に出されている。

  (「[縮刷版] 神道事典」より)
 
  月とは異なり地上という環境依存的に自然発生する穢れ。
  高貴なる月は穢れなく清浄であり、地上の穢れを忌む。
  これらに加え、月世界に日本神話の神が関連するならば
  神道的な 「穢」 の概念が穢れの設定が元になっていると考えられる。
  それが単に概念上のものに留まらず、不死と寿命、無限と有限、不変と変化の
  対極的な現象をもたらすものとして表層に現れてきているのが
  東方世界の穢れといったところか。
  一方、蓬莱の薬を服用した月人にも穢れが生まれる。(第1話参照)
  これは本来月人には不要の蓬莱の薬を、地上の人間が欲して服用する、
  その行為の同質性から発生する。
  形ある物がいつかは壊れる、生ある物がいつかは死ぬ、そのような作用の
  源たる穢れが蓬莱人にどのような変化をもたらすかは不明だが(精神面?)
  そんな穢れを発生させうるその人的行為が 「罪」 に相当し、
  罪を滅ぼすために 「祓」、カグヤの場合は地上追放が課された、と考えられよう。
  神道の場合、基本的に罪は祓によってすべて解消・除去されるという特質がある。
  処刑を転生により無効化したカグヤに課されたのが、地上への終身流刑
  と思いきや、何年かして罪が許されたのは 「祓」 の概念に基づくと見ればよいだろうか。
 
    参考  「[縮刷版] 神道事典」 弘文堂

 

 ・昔は中秋の名月が輝く日を恐れた
 
  満月の日は月と地上の距離が最も近くなる (第1話より)。
  また、月の羽衣は 「満月と地上をつなぐ」 (第1話) と表現された。
  月から使者が来るのは満月の日と推測される。
  したがって、月を相対的に地上から遠ざける例月祭も催される。
  特に、中秋の名月と言えば、
  竹取物語において天人がかぐや姫を迎えに降りてきた日である。
  永夜異変もまた中秋の名月の夜の出来事である。
 
  その後の変化から輝夜は観月を楽しめるようになっていたが、
  今度はその変化を空恐ろしく感じる様になり、
  今夜の中秋の名月も月の顔が見えないことに少し安心していた。

 

 ・満月は雲に隠れて見えない位が丁度良いのですよ
 
  永琳による雨月のススメ。
  儚月抄 SSB 第四話や儚月抄 I&I 第四回にリンクする。

 

 ・高貴な者達
 
  月の民は他の生き物とは別次元といっても過言ではない程に高貴、
  という輝夜の表現。
  永琳=思金神、綿月=綿津見神関連などを示唆するか。
 
  それほど高貴である者からすれば、
  月の兎はただの道具も同然である。
  兎に限らず、地上の生き物も同様で、自身の手足でしかない。
  昔の永琳もその様であったが、
  妖怪と人間が対等な幻想郷の影響かより広く地上の穢れの影響か
  いつしか永琳の兎達を見る目も対等方向に寄りつつあるようだ。

 

 ・老夫婦
 
  竹取の翁 (おきな) こと讃岐の造 (さぬきのみやつこ;讃岐または散吉) と
  その妻の嫗 (おうな) のこと。
 
    参考  「日本古典文学全集8」 <小学館> より 「竹取物語」

 

 ・竹林の一本の光る竹の中に入れられ、人とは思えぬほど小さくさせられていた
 
  カグヤが地上人に発見された時の状態。
  追放時に月人達の手により変化させられた事が表現からも窺える。
  竹取物語には 「三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり」 とある。
  約10cm。
 
    参考  「日本古典文学全集8」 <小学館> より 「竹取物語」

 

 ・月の都の監視役が定期的に富を与えていた
 
  竹取物語に基づく設定。
 
  「この子を見つけて後に竹取るに、節をへだてて、よごとに、
   黄金ある竹を見つくることかさなりぬ。かくて、翁
   やうやうゆたかになりゆく

 
  (この子を見つけてから後に竹を取ると、節の両側にある空洞の一つ一つに
   黄金がはいった竹を見つけることがたび重なった。こうして、翁は
   しだいに裕福になってゆく

 
  その後も黄金を得る事が長く続き、翁は富豪となり、
  門や垣根を持つ邸宅、多くの使用人を持つ。
  終盤には千人乗っても大丈夫、な建物となった。
 
    参考  「日本古典文学全集8」 <小学館> より 「竹取物語」

 

 ・何をしていなくても噂を聞きつけ様々な人間が集まってくるようになった
 
  「世界の男、あてなるも、賤しきも、いかで
   このかぐや姫を得てしがな見てしがなと、音に聞き
   めでて惑ふ。そのあたりの垣にも、
   家の門にも、をる人だにたやすく見るまじきものを、
   夜は安きいも寝ず闇の夜にいでても、穴をくじり、
   垣間見、惑ひあへり

 
  (この世に住む男は、身分の高い低いの区別なく、みな、なんとかして、
   このかぐや姫をわが物にしたい、妻として見たいと、噂に聞いて
   感じいって心を乱す。そこらあたりの垣根近くやら、
   家の門の近くにいる人たちでも、そうかんたんに見られようはずもないのに、
   夜は安眠もせず、見えるはずもない闇夜にさえ出かけてきて、垣根に穴をあけたりして、
   中をのぞき、うろうろしている

 
  直前に盛大な命名式を催したためか、
  かぐや姫の美しさを聞きつけた男達が連日詰め寄せる。
  が、邸内に匿われたかぐや姫を見る事はできず、
  一人また一人とストーカー達は脱落してゆく。
  拒絶にも風雨にも寒暑にも負けず、
  情熱とプライドに勝る五人が残った。

    参考  「日本古典文学全集8」 <小学館> より 「竹取物語」

 

 ・その時はまだ (中略) 地上の民は道具としか思っていなかったのだが
 
  老夫婦に感謝や愛着の様なものを感じ始めていた以外では
  基本的に地上人にはこのような認識。
  五人の求婚者にも無理難題が容赦なく課されることに。

 

 ・ペーハー
 
  水素イオン指数、pH のドイツ語読み。
  日本ではJISにて英語読みのピーエイチと定められているが、
  一般 (専門家含む) にペーハーの読みが多く用いられている。
 
  水素イオン濃度の負の常用対数値であり、
  その溶液の酸性度、塩基性度を示す指標となる。
  水素 (H) イオンの指標 (power)。
  (水酸化物イオン指数 pOH、酸解離定数 pKa なども関連がある)
  pH 7.0 が中性、それより低いほど酸性、高いほど塩基性 (アルカリ性) である。
 
  「最近の雨はペーハーが低い」 とはすなわち酸性雨の知識である。
  化石燃料の燃焼などで発生する硫黄酸化物や窒素酸化物が大気中の水に溶け込み、
  硫酸や硝酸といった強酸となって酸性の雨を生じる。
  湖沼の生態系や森林・土壌への被害、文化財への被害がある。
  酸っぱい。
 
  正常な雨は中性に近いが、大気中の二酸化炭素が溶け込むため、
  pH 6 程度の弱酸性となっている。
  二酸化炭素が飽和した状態で pH 5.6 であることから、
  酸性雨は pH 5.6 以下と定義付けられている。
 
    参考  「Wikipedia」 (水素イオン指数酸性雨
         「Wikipedia(英)」 (pH
         「EICネット」>環境用語集 (酸性雨

 

 ・知ったかぶりで難しそうな単語を用いて話しても
 
  「ペーハー」 は聞きかじったことを何の事かよく判らずに用いていた。
 
  竹取物語にこの輝夜の指向を考えれば、
  五つの難題も同様に生まれたものと想像できるだろうか。
  「西域記」 「南山住持感応伝」 「水経注」 が元と引かれる仏の御石の鉢、
  「列子」 の 「湯問」 第五が引かれる蓬莱の玉の枝、
  「神異記」 の火鼠の皮衣、「荘子」 雑篇の龍の頸の玉など。
  燕の子安貝は俗信によると考えられている。
 
    参考  「日本古典文学全集8」 <小学館> より 「竹取物語」

 

 ・三色団子があるんだから、七色の団子なんて如何?
 
  味の要望を聞かれ、思い付きで出された難題。
  赤・白・緑の三色団子をバージョンアップして虹色の弾幕に。
  七色の玉を枝につける優曇華の木の盆栽と
  目の前の鈴仙・優曇華院・イナバにちなんでもいる。

 

 ・退屈さ故に地上に憧れた
 
  輝夜が地上に憧れを抱いた理由。
  蓬莱の薬を服用し、罰せられ、地上へと落とされるに至った、
  その行動の動機。
 
  月の姫という身分や月の都という場所では
  カグヤは何もやる事が無く、退屈な生活であった。
  しかし、地上においても仕事は永琳やイナバ達で切り盛りされ、
  輝夜はやはり何もする事が無い日々の生活であった。
  環境のせいではなく、自身の問題であったと輝夜は気付いた。

 

 ・優曇華
 
  輝夜が最初の仕事として愛で始めた盆栽。
  月の都にしか存在しない植物だが、使者が持ち寄った物か、
  輝夜の所有であり、最近まで永遠の能力で不変であった。
  永遠の魔法が解かれた今、じきに地上の穢れの影響を受け始める。
  優曇華は穢れを栄養に美しい七色の玉を枝に付ける穢れ探知植物であり、
  月の都における穢れ探知に役立つ他、使者が優曇華の枝を地上の権力者に渡せば
  争乱の火種となるなどの役割が挙げられる。
  優曇華の木が七色の玉をつけた物が 「蓬莱の玉の枝」 である。
 
  地上では三千年に一度咲くとも言われる幻の花に優曇華があるが、
  それはあくまで地上の植物や伝説であり、月の優曇華とは異なるとのこと。
 
  優曇華 (優曇は梵語udumbara優曇波羅の略。瑞祥の意)
  1.クワ科イチジク属の落葉高木。ヒマラヤ山麓・ミャンマー・スリ−ランカなどに
   産する。高さ約3メートル。花はイチジクに似た壺状花序を作る。果実は食用。
   仏教では、3千年に1度花が開き、その花の開く時は金輪王が出現するといい、
   また如来が世に出現すると伝える。
  2.(3千年に1度開花するとつたえるところから)極めて稀なことのたとえ。
  3.芭蕉の花の異称。
  4.クサカゲロウが夏に卵を草木の枝や古材・器物などにつけたもの。約1.5センチ
   メートルの白い糸状の柄があり、花のように見える。吉兆または凶兆とする。
   うどんげの花。<夏の季語>

  (広辞苑 第五版より)
 
  また、竹取物語においては、くらもちの皇子が蓬莱の玉の枝を取りに行き、
  戻ってきた際には 「くらもちの皇子は優曇華の花持ちて上りたまへり」 と騒がれた。
  蓬莱の玉の枝=優曇華の花となるが、「今昔物語集」 の竹取翁説話の古い形の
  竹取物語の一部が痕跡をとどめていると考えられている。
 
  輝夜の難題の一つ、「蓬莱の玉の枝」 とは上述のように、
  月の優曇華の木が枝に七色の玉を実らせた物を指す。
  「蓬莱の玉の枝」 とは 「蓬莱の優曇華」 にかけたもの、とここで明かされる。
  ここでの 「蓬莱の」 は、スペル・禁薬 「蓬莱の薬」 (ハード) のコメントの様に
  輝夜の名前、蓬莱山に由来するものだろうか。
  スペル・神宝 「蓬莱の玉の枝−夢色の郷−」 (ハード) のコメント、
  「輝夜が唯一、本物を保持している宝」 の真相も同時に明らかとなった。
  正確にはまだ所有していないが。
 
  なお、「蓬莱の玉の枝」 には、他の難読漢字と並んで
  「たま」 と 「」 のルビがわざわざ施されている。
  竹取物語の書籍などはよく 「たまのえだ」 と読むが、
  それらにおいても作中の和歌では 「たまのえ」 としており、
  後者を直接的に重視した (あるいは和歌に限らず
  全体的にたまのえと読む文献に拠った) ものだろうか。
   いたづらに 身はなしつとも 玉の枝を 手折らでさらに 帰らざらまし (くらもちの皇子)
   まことかと 聞きて見つれば 言の葉を かざれる玉の 枝にぞありける (かぐや姫)
 
    参考  「広辞苑 第五版」 (優曇華)
         「日本古典文学全集8」 <小学館> より 「竹取物語」
         「幻想情報局 −イザヨイネット−」>スペルカード

 

 ・『わび・さび』 の 『さび』
 
  優曇華の木の、葉も花も実も付けていない姿。
  特に月の都では穢れが無い事と月に在るからこそ穢れ無き永遠であることから
  恒久的に枯死したかのようなみすぼらしい姿である。
 
  ・さび (寂)
   「古びて趣のあること。閑寂なおもむき。
    蕉風俳諧の根本理念の一。閑寂味の洗練されて純芸術化されたもの

  (広辞苑 第五版より)

 

 ・月の都に住む賢者の誰か
 
  穢れを栄養とする植物が穢れの無い月の都に自然に発生する訳もなく、
  それでは、誰かが人工的に作り出した人造生物なのであろう。
  輝夜は賢者の誰かが作った植物なのだろうとしている。
  この表現から、月の都には永琳以外にも複数の
  賢者とされる者が居ると推測される。

 

 ・戦争の歴史と成長
 
  今回語られた蓬莱の玉の枝や前回の蓬莱の薬、
  いずれも月人の手による物であり、
  いずれも地上にもたらされ権力争いなどの火種となるよう
  意図的に仕向けられている。
  それは単に月世界が退屈だからとか
  ただ徒に地上に争乱を起こさせているのではなく、
  争いごととそれを経ての成長を意図してのもの、と輝夜は表している。
  月の民は地上の民の事を日々思い、介入する。
  地上の民の歴史は月の民が作っていたと言っても過言ではない、
  とする表現である。

 

 ・永琳は鈴仙の事を 『優曇華』 と名付けている
 
  優曇華の木や穢れの事を考えていると、
  ふと、もう一つの優曇華に思い当たった輝夜。
  地上に暮らせばやがては自分達を包み込む、
  地上に蔓延る穢れの侵食度合いを知るバロメーターと考えたのか、
  不変性に包まれて暮らした月の兎が地上で可変性を知り
  飛躍的に成長する事を期待したものか。
  輝夜は前者を思い浮かべたが、やはり永琳の事だからと後者を支持した。
 
  ちなみに、前者は坑道に入る時のカナリアの様なもので、
  月の都における優曇華の木そのままの役割である。
 
  また、自由に月と通信できる鈴仙はスパイとして疑える余地がある。
  それを見越せば、地上の動向を穢れに見立て、穢れを月の都側に報せる
  優曇華の木に掛けられていると見る事もできるだろうか。

 

 ・まるでケチャみたいね
 
  中秋の名月のせいか今月の例月祭ではいつになく
  賑やかかつ凄いリズムで団子を搗き、踊る兎達の様子。
  鈴仙は月の兎と遠く隔たっても交信できるが、
  地上の兎も近距離なら交感能力が及ぶのか
  以心伝心、何も言わずとも集団でリズムを合わせる事ができる。
  その周期を意図的に少しずつずらせば規則的でありながら
  細かなリズムを、1ストロークが長い餅搗きでも刻むことができる。
 
  永琳が例えに借りたのは、インドネシアはバリ島の
  伝統的な男声合唱のケチャ (kecak) である。
  元々は疫病が蔓延した時などに加護と助言を求め
  集団で行なう呪術の様式であったが、
  現在では芸能化された舞踏劇として重要な観光資源となっている。
  数十人〜百人にも及ぶ男性集団が幾重かの円を描いて座し、
  メトロノーム役とメロディ役をそれぞれ一人ずつが担う以外は
  全て異なる一定リズムの4パートに分かれ、
  チャッ、チャッ、と発声を刻む。
  これらがリズム良く合わさり、ケチャケチャケチャケチャと
  全体で16ビートのリズムに統合される。
 
    参考  「Wikipedia」(ケチャ

 

 ・スケープゴート
 
  地上に広がる不穏な空気として月の噂をする者が増え、
  月の都では内乱の兆候、永琳を筆頭とした反乱軍のデマ、
  そして、ふた月前の逃亡兎である。
  何者かが月の都で暴れようとしているのは間違いない。
 
  永琳は実際、そのようなところに率先して介入していないし、
  前話でも永琳視点で表明された様に、永琳の名を利用する者を
  探し出したい程度である。
  儚月抄 SSB 第二話にある様に、積極的に月の都に関わるのは
  できるだけ回避するのが望ましいという思いである。
 
  ・スケープゴート (scapegoat)
  (聖書に見える 「贖罪の山羊」 の意)
  民衆の不平や憎悪を他にそらすための身代わり。
  社会統合や責任転嫁の政治技術で、多くは
  社会的弱者や政治的小集団が排除や抑圧の対象に選ばれる。
  (広辞苑 第五版より)
 
  月の都の場合は不平や憎悪と言うよりも不安や混乱の矛先、
  または仮想敵の脅威を煽って複数の民意ベクトルを
  一方向に強力に引っ張るシビリアンコントロールの様なものであろうか。
  それが新勢力が台頭してきた月での
  一方の陣営による意図的なものか、
  混乱の収束や民意の一時的な統合目的で
  両陣営に無関係に発生したものかは不明である。
  また、八雲紫がスキマを介して暗躍している以上は
  紫が永琳を想起させやすい何らかの侵入形跡を
  月に施した可能性も捨てきれない。

 

 ・その可能性があったら……お手上げかもね
 
  今回の黒幕が誰かは不明ながら、
  月の兎が一匹逃亡してきたのはその黒幕の意図とは乖離した
  偶発的な事故と永琳は考えている。
  それすらも黒幕のシナリオに動かされたものであったならば
  永琳はお手上げである。
  現状でも月の姉妹への連絡手段が無いため打つ手が無く、
  その手段であった兎が敵の手によるもの、シナリオの内ならば
  永琳は効果的な手を全く打てていないことになる。

 

 ・もしかしてあの吸血鬼が黒幕なのかしら
 
  月ロケットの噂を元に話を振ってみた輝夜。
  答えは予想通りであった。
 
  レミリアが黒幕であるならば、
  月世界の背景に疎い、月世界に介入する手段が
  これから完成するロケットに限られる、といったことから
  これまでの出来事における 「事故」 要素が増え、
  多くが偶然の所産であったことになる。
  そうなると永琳達が巻き込まれたことだけについて言えば
  それは黒幕が意図したものではなく非意図的であり、
  直接の害意がないならば別段犯人を召し捕る必要も無くなる。
  現在想定される、捕らえるべき黒幕としての暗躍が
  レミリアに可能かと言えば、上記の他、そこまでの知恵や戦略性は
  これまでの言動から伴っていないと断ずることができる。

 

 ・サイケデリックな色彩でとても食欲をそそるような代物では無かった
 
  七色団子のファーストインプレッションは予想通りの出来映え。
  色だけを考えて食材をそろえたので、材料自体が食欲をそそらないとのこと。
  見た目も色調により心理的に食欲をそそらない。
  特に、寒色系は暖色系に比べれば食欲を減退させることで知られる。
 
  ・サイケデリック (psychedelic)
  幻覚的。幻覚剤によって生ずる幻覚状態に似たさま。この状態を
  想起させる極彩色の絵・デザイン・音楽などについてもいう。

  (広辞苑 第五版より)
 
  輝夜の弾幕なども極彩色でサイケデリックである。
 
    参考  「東洋インキ製造(株)」>四季彩ひろば >彩り学級 第五回 「橙」

 

 ・なるほど、永琳の知識は何にでも挑戦するところにあるのか
 
  見た目だけでも食欲を削がれている輝夜の傍らで
  永琳は青色団子を平然と食した。
  それを見ての輝夜の感心。
  まぁ、毒には耐性があるし、蓬莱の薬の効果で死なないし。
  ノリとしては 「味もみておこう」 的なもの…かどうかは不明。

 

 ・吸血鬼のメイド
 
  「パラグラフ編成」 の項の補足にも記したが、
  咲夜が資料探しに永遠亭を訪れ、鈴仙により門前払いされていた。
  それを後日 (本話において) 聞かされた輝夜と永琳は
  鈴仙が追い返していなければお茶ぐらいは出せた (輝夜の発言)
  私の処まで通してくれれば良かった。丁重にお断りできたから (永琳の発言)
  と対処の想定を思わせ振りに口にした。
 
  前者は 「鈴仙」 と呼んだ事や問い質す前置きがあったため永琳っぽくもあるが、
  輝夜の思考を挟んだかたちで前後の段落が繋がっており、その会話の
  やりとりを自然に紡ぐならば前者は輝夜の発言、後者はそれを踏まえた上で
  師匠としての永琳の発言と見られる。
 
  咲夜に対して輝夜や特に永琳が直接応じると言った真意は不明。
  永琳には咲夜を見て非常に驚いたとする永夜抄キャラ設定テキストの件もあり
  読者の憶測を呼んでいる。

 

 ・働かざる者喰うべからず
 
  永琳は地上で病院を開業し、今や名医と評判である。
  これから地上の民として暮らす以上は、お互い他人のために働くという
  地上の民の勤めを怠ってはならないためと永琳は言う。
  それを輝夜は端的に働かざる者喰うべからずと表現した。
 
  ちなみに、森博嗣作品のS&Mシリーズとされる一連のミステリシリーズの主人公、
  犀川創平は 「笑わない数学者」 において、一番下品な格言
  いやらしい、卑屈な言葉僕の一番嫌いな言葉、と述べている。
 
  地上の穢れを受けての変化、地上社会への適応に則して
  森博嗣作品も視野に入れた上で意図的に用いた格言だろうか。
 
  格言自体は新約聖書のテサロニケ人への第二の手紙に由来する。
   If man will not work, he shall not eat.
 
    参考  「笑わない数学者」 講談社文庫
         「Wikipedia」 (テサロニケの信徒への手紙二

 

 ・全く心配する必要はないわ
 
  鈴仙を安心させるように言った永琳の言葉。
  安心しなさい、と鈴仙は受け取ったが、
  いやいや、もう地上の存在なんだから月の都の心配をするな、
  という意味だと笑う永琳。
  輝夜も鈴仙と同じ受け取り方をしており、返答を聞いて笑う。
  本話のオチ。

 

 

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