「東方儚月抄 〜Cage in Lunatic Runagate.」
第三話 『浄土の竜宮城』

 
あらすじ

  夜空の星々、輝く青き星、穏やかに水を湛えた無生命の海。
  静かの海の海辺に佇む豊姫と、彼女の様子見に訪れた依姫とが言葉を織る。
  千五百年以上前の闖入者に絡む一件で彼女らは永琳の先見性と優れた対応を目の当たりにした。
  そして、永琳不在の今、地上から来るという何者かに対して彼女らは心積もりを確かにする。


誌上情報

  表紙アオリ 豪華!東方プロジェクト2本立て
          東方風神録 ZUN徹底インタビュー
          連載ノベルも絶好調! 東方儚月抄
  扉アオリ  月面よいとこ一度はおいで? ついに明かされる月の都の歴史と真実!!
  紹介記事  東方儚月抄・3誌連載総合情報、人物相関図アリ
 
  特集記事・東方風神録インタビュー
  目次アオリ   ZUN自らが語るキャラクター秘話
  見開きアオリ 神と信仰を巡る幻想の戦いが始まる――!!
  前説  本誌連載小説『東方儚月抄』でもお馴染み、同人レベルを超えた驚異的な完成度で
       人々を沸かせる大人気弾幕シューティングゲーム“東方Project”。今回は夏の
       コミックマーケット72で発表された第10弾『東方風神録 〜Moutan of Faith』
       について音楽やプログラム、キャラデザまで一人で全てを担当する“東方”の
       生みの親、ZUN氏への徹底インタビューをお送りします!
     (誤字も掲載文のまま)
  見出しアオリ 神主ZUN、『風神録』についてかく語りき!


パラグラフ編成

  1)(今回は綿月豊姫視点)
    静かの海を臨む豊姫。
    穢れのない月世界、その海について。
  2)依姫がやって来る。
    豊姫と依姫の会話 … 「今の状勢と我々姉妹」
    姉妹、海を後にする。
  3)姉妹、月の都を歩く。
    月世界の様子、都の様子、月の兎と仕事について。
  4)姉妹、屋敷に戻りティータイム。
    豊姫と依姫の会話 … 「最近の噂」
  5)再び静かの海を臨む豊姫。
    生命史と穢れ、月の都の起源について。
    再び依姫がやって来る。
    豊姫と依姫の会話 … 「永琳と思い出話」
  6)地上と月の偶発的な直結現象について。
    豊姫と依姫の会話 … 「千五百年以上前」
  7)水江浦嶋子について。
    浦嶋子に対する嘘、竜宮城と三年間の生活について。
  8)浦嶋子問題の解決策、永琳の最善案と第二案について。
  9)地上に帰った直後の浦嶋子について。
    豊姫と依姫の会話 … 「同じ問題に直面した場合、今ならばどう対処するか」
  10)浦嶋子の老化とその後の神格化について。
  11)豊姫と依姫の会話 … 「あの一件から学んだ事」 「地上からの侵攻への対策」 「レイセン」
    旧レイセンと新レイセンについて。永琳の手紙について。
  12)突如飛来する鴉。
    姉妹、対象の分析と対応。鴉の描写。
  13)表の月。鴉の死。事件直後の姉妹。
 
 
  補足
 
   儚月抄 (SSB) 第六話にて月に往き月面に墜落した鴉について
   その月での詳細が本話で明らかとなった。
   同時に、本話は儚月抄 (SSB) 第六話と時系列を同じくすると分かる。

 
解説と雑学

 ・生命戦争
 
  海における生命の発生。
  そこから長い長い年月をかけて現在に至る生物進化の歴史。
 
  生命の発生プロセスは科学的に一本化された結論には至っていないので省くが、
  単細胞生物から各個種々の変化のプロセスを経て、
  非常に永い年月をかけて多種の生物が多様に分化・枝分かれし
  ある種は絶滅し、またある種は存続を勝ち得ている。
 
  生命個体ごとの生き残りをかけた生存戦争、
  ひいては種単位での天敵の関係、さらには食物連鎖が
  永年繰り返されてきたのである。
  その直接的な生命の奪取、他生命に死をもたらし自身が生を得る殺生、
  その業を穢れと捉えれば、許され得ぬ罪が代々累積してゆく様も想像に難くない。
  時を経れば経るほど、地上の生命は穢れを高密度に蓄積してゆくわけだ。
  生物濃縮の形而上巨大スケール版と言えばよいか。
 
  神道では死を穢れと見るが、禊祓無効の累積や動物全般的な穢れの概念適用は
  神道の観念に留まらない様に思える。神道にこだわらずに考えてみると、
  菜食主義の中にはこの生命淘汰の穢れに近い概念で示された動機も一部にあった気がする。
  動物の殺生を禁じたり、食肉を禁じるまたは食肉回避を推奨する宗教・思想・信条は
  世界的に比較的よく知られる。(現代日本人は菜食主義 = ヘルシー程度だったりやや馴染み薄)

    参考
    「Wikipedia」 (進化生物濃縮穢れベジタリアニズム

 

 ・静かの海
 
  月面の地形、地上から黒く見える部分を海と呼ぶが、
  その一つの固有の名称。
  アポロ11号月面着陸、すなわち
  人類が踏みしめた最初の月の地として知られる。
  Sea of Tranquility. 静寂、平穏の海。
 
  豊姫が居るのは裏の月。
  見つめる静かの海も、水が満ち、風が海面を揺らす海である。
  生物の存在しない、穢れの無い状態であり、
  夜空の青い星を映してはいるが、歴とした海である。
  月の都の正反対に位置する。
 
    参考
    「Wikipedia」 (静かの海

 

 ・鼎の軽重を問われる
 
  「しかるべき地位に付いている人物についてその資格が疑われる事
  と脚注がついている。
 
  周の定王の時、楚の荘王が周室伝国の宝器である九鼎の大小・軽重をたずねた故事による。
  統治者を軽んじ、これにとって代わろうとする野心のあること。
  転じて、
  ある人の実力を疑い、その地位を覆そうとすることの例え。

 
  脚注にある、しかるべき地位の人物の資格が疑われる、ということは
  無論、親切心の忠告ではなく、地位の転覆を目論んでのことである。
  依姫も不穏な噂に警戒を強める。
  疑われている種は、会話にあるように、一つは豊姫の能力。
  地上と自由に行き来できることから、地上の民に協力をする者があるとするならば
  まず疑われる能力者である。
  また、しばしば静かの海を見に行くという、月世界では一般的ではない、
  普通でない行動をとっていることも怪しまれる要因である。
  「私は最初から重くはないけどね」 と、豊姫。

    参考
    「広辞苑 第五版」 (鼎の軽重を問う)

 

 ・風に僅かではあるが穢れが含まれている
 
  豊姫は能力ゆえかそれに気付いたが、
  妹に余計な心配はさせまいと黙っていた。
 
  豊姫の考えたところでの可能性は以下の3つ。
  1.気のせい
  2.地上から穢れを持ち込んだ者がいる
  3.月の都で良からぬ事を考えている者がいる
 
  まず、儚月抄 (CLR) 第1話で鈴仙の報告にもあった
  「侵入者の痕跡」 に考えの的を絞っていないことに疑問が持たれる。
  侵入者の痕跡が真実ならば大きなトピックであるし、
  その時からこの時点での時間経過を考えると
  これを豊姫が考慮しない理由は以下三点。
  そのような事実は無い、それに近い事実はあるが結論は出ていない
  (この場合、上記3つの可能性とほぼ同等で、それ以上は踏み込めない)
  あるいは、その事実を玉兎派は把握しているが豊姫派には秘匿されている。
 
  同様に、鈴仙の報告を聞いた上でしたためられた永琳の手紙に
  侵入者の痕跡についての言及や、豊姫の考察を絞る手掛かりが無かったと言えそうである。
 
  1→ 自覚ある不安や緊張からの推測か。
  2→ 地上からの侵入者と、月へ穢れを持ち帰った月人 (または兎) が考えられる。
  3→ 良からぬ事を企むのも穢れ (僅か) の元となるのだろうか。詳細不明。

 

 ・月面
 
  四季は明確に分かれたものではなく、
  生物を苦しめる側面を持たず
  温暖、活気、豊穣、侘びといった特性をバランスよく兼ねた気候。
  四季はないが四季がある。
  桃の実りなどで季節を推測する根拠は崩れたが、
  今のところ特に問題はなさそう。

 

 ・桃の葉を浮かべたお茶
 
  桃の葉茶、特に沖縄特産で知られる月桃茶にちなむか。
 
  月桃 (げっとう) はショウガ科の多年草。インド原産で、東アジアの熱帯、
  沖縄や九州南端部、小笠原などで栽培される。
  高さは3mほどで、夏に芳香ある淡紅色の美花をつける。果実は球形。
 
    参考
    「広辞苑 第五版」 (月桃)

 

 ・アポロの旗
 
  表の月に刺さっていた地上人の旗。
  その消失は綿月姉妹も知る所であり、月の兎達の噂の発端と考えている。
  しかし、侵入者の痕跡とまでは結論を急いでいない模様。
 
  三月精で見られた十六夜の月の欠損現象を幻想自然現象とすれば
  綿月姉妹も旗の消失自体は大きく捉えていないようであり、
  自然現象としてのそれを知っているからとも考えられる。
  儚月抄 (SSB) 第一話で永琳が、月の民には旗を抜くことが出来なかったという表現も
  表の月と裏の月の行き来が一般に不自由であれば一応の説明にもなるかと思われ、
  確認も容易でなかったことから、気が付いたらいつの間にか、ということになる。
  三月精の旗ゲットと月側で旗消失に気付くまでに相当タイムラグがあるが、
  これで説明も可能で、永琳が森で目撃したのは久しぶりに虫干しでもとルナ達が
  たまたま持ち出した時だったのかもしれない。
 
  アポロの旗が一本だけならば上記考察が考えやすいところ。(永琳の表現と噛み合せが悪いが)
  しかし、一連のアポロ計画により、月面の旗は複数本あるとも思われるので
  上記考察に限られるほどでもない。
  この場合は、兎の噂の様に、地上に投げ返した者がいるとか
  月の民の誰かが隠したとか、地上人が攻めて来る前触れ (?) だとか
  地上人の月到達の象徴であるが故に、地上と大きく関わるであろう何らかの悪い出来事の予感が
  膨らみ噂として大流行しているのであろう。
  綿月姉妹にしてみれば、そんな人物として真っ先に疑われるのは自分達であり、
  他の可能性ある人物はそれに比べれば考えにくかったり思い当たるところがないと推測できる。
  そんな人物は疑わしければすぐに目星がつく位であるし、
  そもそも兎の噂は噂に過ぎないと見ているのであろう。
  「噂は真実でも虚偽でも構わない。恐らくは虚偽の物ばかりだと思うけど

 

 ・半永久的に地上に落とされた特級罪人、八意様
 
  月社会では建前上、単に特級罪人ということになっているのか。
  使者殺しにより本当に特級罪人扱いとなったかは不明。

 

 ・噂なんて七十五日もすれば消える筈なんだけど
 
  人の噂も七十五日。
  人妖の噂も七十五年、とか東方文花帖で言われていたが、
  種族の寿命に比例するならば月社会ではどうなることやら。

 

 ・自分達の職務
 
  豊姫…普段は地上との通路と使者の兎の先導を担当。
       稽古に参加しても良いが、邪魔しないように静かの海の監視を行なう。
  依姫…戦闘要員兎達 (姉妹が飼っている兎) の戦術指南を担当。

 

 ・生命の歴史は戦いの歴史
 
  冒頭にもあった、生命史と穢れ、再び。
 
  原初に生命は海で生まれ、種と数を増して繁栄した。
  海を占有し、食物連鎖を形成し繰り返し、海に穢れが満ちていった。
  その頃、陸上は生命戦争に曝されておらず、穢れも無かったが、
  やがて地上に進出した生命はそこも新たな戦場に、
  遂には空にまで穢れを拡散していった。
 
  陸上を離れ空に穢れの無い世界を求める者も居た、とは鳥類への進化。
  敵う者が殆ど居なくなったが順応性を失い絶滅した者、とは恐竜。
  地上を諦め再び海に戻る者も居た、とは鯨など水棲哺乳類。

 

 ・生命の寿命
 
  生物は本来は永遠に等しい。
  しかし、永劫の生命戦争で生物には穢れが蓄積し、
  生物圏の拡大に伴い穢れは地上を隈なく覆い尽くしていた。
  その穢れが、永遠を損なう作用を示す。
  生命の永遠は著しく損なわれ、現在では百年以下が殆どである。
 
  という、設定。
  本来の無限寿命は生物のホメオスタシス (恒常性) の強化版か。
  熱力学第二法則、エントロピー増大則に逆らって同化・異化を行っているのが生物なので
  自然の摂理、諸行無常とは本質が異なる、と見たり?(←エントロピー則を局所で論じてもダメ)
 
  ちなみに、老化のメカニズムは不明ながら、
  老廃物蓄積説、ダメージまたはエラーの蓄積説、テロメアや何らかの遺伝子により
  プログラムされているという説などがあり、生命は寿命を伴っている。
 
    参考
    「Wikipedia」 (恒常性代謝老化

 

 ・月夜見 (つくよみ
 
  穢れが与える寿命の存在に気付いた賢者。
  その昔、穢れた地上を離れ月へ移り住むことを決意した。
  月の都の開祖にして夜と月の都の王。
  月夜見は、永琳と親族の中で信頼の置ける者だけを連れて月に移り住んだ。
 
  月の都の賢者は、前回 (第二話) において永琳だけでなく
  他にも賢者がいるような表現だったが、少なくとも月夜見はその賢者に当てはまる。
 
  古事記において、伊邪那岐 (いざなき) が黄泉から帰り、
  禊をした際に生まれた神の一柱が月読命 (つくよみのみこと) である。
  この際、伊邪那岐が身につけていた物から十二柱、
  身体を洗ったことで十柱の神が生まれている。
  後者のうち最後の三柱、三貴神とも呼ばれる神々が、
  伊邪那岐の左目から生まれた天照大御神 (あまてらすおおみかみ)、
  伊邪那岐の右目から生まれた月読命、
  伊邪那岐の鼻から生まれた建速須佐之男命 (たけはやすさのおのみこと) である。
  天照は高天原を、月読は夜を、須佐之男は海原をそれぞれ支配せよと
  伊邪那岐は支配権を任せた。
  これ以降、月読の記述は現れない。
 
  月夜見の親族関係が日本神話に外挿できるとすれば、
  イザナキの二十二柱のうち、ツクヨミを除く二十一柱とその子らの系統から
  選抜されたものと考えられる。
  少なくとも、底津綿津見神、中津綿津見神、上津綿津見神の綿津見三神が
  綿月姉妹の親、綿月家の流れで月へ移った神と推測できる。
  底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命の住吉三神は地上だろうか。
  後述のアマテラスは月でも地上でもなく、高天原にいるのであろう。
 
  永琳はオモイカネと見ても、いつ生まれたかは定かではない。
  天地開闢の時に出現した高御産巣日神 (たかみむすびのかみ) の子が
  八意思兼神であるが、伊邪那岐から月読が生まれるまでには
  いくつものイベントを経ているので、月読よりは早かろうという推測から
  永琳の方が月夜見よりも長く生きているとしたのであろうか。
 
  ちなみに、高御産巣日神の子、萬幡豊秋津師比売命 (よろずはたとよあきつしひめのみこと
  からの流れが豊玉姫、玉依姫へ至る思兼の親戚関係と符合しているのは以前述べた。

    参考
    「古事記」 梅原猛著、学研M文庫
    「Wikipedia」 (イザナギ三貴子タカミムスビ

 

 ・月とは穢れの無い浄土
 
  月は全く穢れていなかった。
  当時移り住んだ少数の生物に対して、穢れ無き月世界は
  その生命の穢れを希釈するに充分であり、月に移り住んだ生物は寿命を捨てる事が出来た。
  但し、ゼロにはならないため、僅かな穢れのためにいつかは寿命を迎えると思われる。
  「私達だって何れ寿命で死ぬ運命にあるのかも知れない
  かも知れないって……どうやら、寿命による死を迎えた前例はまだ無い様である。
  一方、不老不死ではないため月人も月の兎も事故や人為的要因により死ぬ事はありうる。
  使者殺害も可能…か。

 

 ・神隠し
 
  稀に地上から他界へと地上の生き物が紛れ込む現象を地上で言う呼称。
  神隠しは月の都だけでなく、過去、未来、地獄、天界等、
  様々な世界に迷い込む事を指す。
  その中には幻想郷も含まれるだろう。
 
  (以下、脱線)
  一方、神隠しこと境界越えと言えば秘封倶楽部のメリーである。
  幻想郷 (&冥界?) や過去へ至った他、
  大空魔術では向こう側の月世界を見ていた。
  しかし、その描写にあった天女となると
  空を飛ぶ月人か、あるいは月の都ではなく天界の天女か。

 

 ・量子的
 
  神隠しメカニズムの解説。
 
  素粒子のような極微小なサイズの世界を扱う物理学が量子物理学である。
  そのようなミクロ世界では、素粒子の位置はピタリと一点に定まらず、
  だいたいの位置に、確率的に分布しており、
  素粒子の位置と運動量とを同時に求めることはできない。
  運動量を求める際にはその素粒子の位置情報が、
  位置を求める際にはその素粒子の運動量情報が犠牲となる。
  いわゆる不確定性原理であり、量子力学では
  素粒子は起こり得る複数の状態の重ね合わせになる。
  この素粒子のデータを正確に観測しようとすると
  可能性の重ね合わせではなく、完全に確定した結果しか見えない。
  観測すると重ね合わせの可能性のうちどれか1つが現れ、
  複数の状態の重ね合わせ自体が見えてくるわけではない。
 
  「量子の世界では確率的に事象が決まるのに、その情報を完全に捉える事が出来ない
 
  一方、我々の現実マクロ世界はそのような不確定性原理に基づいてはいない。
  飛んでくるボールの位置と運動量を同時に観測できるし、
  机の上の消しゴムが確率的にぼんやりと存在が分布しているわけでもない。
  その元となる超ミクロ世界は、観測がなされないまでは様々な状態が同時に実現する
  量子力学的な重ね合わせの世界だが、それで果たしてどうして
  我々が日常経験する唯一の世界が立ち現れるのだろうか。
  従来、物理学者たちはコペンハーゲン解釈として知られる解釈により
  現実とは何かという問いに対する解を示してきた。
  量子力学が示す多重構造は、古典論的に観測される現象に気まぐれに収束し、
  古典論的な現象を語るという点においてのみ意味を持つ。
  これに対してヒュー・エヴェレットが提唱した多世界解釈がある。
  これは、観測対象 (素粒子など) だけでなく、観測者や全体を
  すべて起こり得る可能性の重ね合わせとして解釈したものである。
  我々がマクロな世界で重ね合わせを見ることができないのは、
  それぞれの多世界にいる多くの観測者が自分自身の世界の中のことしか知覚できないため。
  マクロな世界を確率的に考えたり、可能性世界の多重宇宙など
  SFなど多くの創作にうけた解釈である。
 
  「結果を求められない確率で起こる事象とは、如何なる低い確率であろうと
   0ではない限り存在する事象なのです。この世は量子から出来ている以上、
   地上から月に生き物が偶然紛れ込む事なんて珍しい事ではありません。

 
  そんなわけで、エヴェレットの多世界解釈を基盤とした設定と思われる。
  (あるいは何かのSFがヒントになったものか。夢時空で可能性宇宙やってるし)
 
  エヴェレットの多世界解釈に基づく世界・宇宙が東方的な宇宙であるならば、
  レミリアの運命操作も多世界分枝の転轍機として機能出来たりするだろうか?
  また、永琳や豊姫など神話関連の人物が量子と密接なのは
  アインシュタインの量子力学を懐疑的にみた記述、
  「神はサイコロを投げない」 を意識しているのだろうか。
 
    参考
    「Wikipedia」 (エヴェレットの多世界解釈コペンハーゲン解釈
    「日経サイエンス 2008年4月号」 日本経済新聞社

 

 ・水江浦嶋子 (みずのえのうらのしまこ
 
  丹後国風土記逸文、日本書紀、万葉集に登場の、
  浦島太郎 (御伽草子) の原型。
  丹後国風土記逸文では水江浦嶼子と表記される。
 
  「丹後国風土記逸文」 では、水江浦嶼子または筒川嶼子が描かれる。
  嶼子は海釣りにて五色の亀を釣り上げる。
  亀は女へと姿を変え、共に海中の蓬山へと至る。
  三年後に嶼子が玉匣を携えて故郷に帰ると、
  そこは三百年も経過した時代であった。
  寂しさに常世を思い、玉匣を開くが、
  そのことで二度と常世に関われなくなってしまう。
 
  「日本書紀」 巻十四 雄略記、二十二年の段には水江浦島子が登場。
  舟に乗り釣をした際に大亀を得た。亀はたちまち女になり、浦島子は妻に迎えた。
  二人は共に海に入り、蓬莱山に至る。
 
  「万葉集」 9巻1740番に水江浦嶋子の歌がある。
  住吉の岸より出て海に舟を浮かべて釣りをして数日、海神の神の娘子に出会う。
  浦嶋子は常世に至り、海神の神の宮で三年暮らす。
  玉篋を持って故郷に戻ると家もその垣も消え失せていた。
  玉篋を開くと老化促進に見舞われ、絶命する。
 
  「御伽草子」 ではお馴染みの浦島太郎の名となる。
  丹後国の浦島太郎はある日、海で一匹の亀を釣り上げ、これを逃がしてやった。
  翌日、海上の小船に女を見出し、彼女を故郷へと送り届けてやる。
  その地、龍宮城で三年暮らした後、太郎は筥を持って故郷へと帰る。
  しかし、七百年もの時が経過しており、悲しみに暮れながら筥を開けてしまう。
  筥には浦嶋の七百年分の時が封入されており、それを浴びた浦嶋は
  老化を通り越して鶴に変じてしまう。
  鶴となった浦嶋は蓬莱の山に馴染んだことであろう。
  その後、浦島太郎は丹後国に浦島の明神と祀られている。
 
  その、浦嶋子を祀る浦島神社 (宇良神社) の縁起書には次の様にあるそうだ。
  浦嶋子は雄略天皇の御世二十二年 (478年)、美女に誘われ常世国に至り、
  三百年後に淳和天皇の天長二年 (825年) に帰ってきた。
  この話を聞いた淳和天皇は浦嶋子を筒川大明神と名付け、小野篁を勅使として
  勅宣を述べたうえ勅命により宮殿を造営し、筒川大明神を鎮座した。
 
  一般に知られる浦島太郎は、子供達にいじめられた亀を助け、
  亀の背に乗り竜宮城へとお礼に連れていってもらうお伽話。
  乙姫の歓待を受けしばらく後、玉手箱を手に地上へ戻ると数百年経っていた。
  玉手箱を開けると浦島太郎は老人になった。
 
  東方の浦島太郎はこれらの混交と考えてよい。
  千五百年以上前。
  浦嶋子が海で漁をしていると、五色の亀を発見。
  珍しいので捕まえようと追い、海に飛び込んでようやく捕まえたが
  そのまま亀ごと確率の悪戯に遭い、月の海に現れた。
  本人は蓬莱国に来たと思っていたが、実際は月の都であった。
  地上の人間に興味があった豊姫は、永琳にも内緒で屋敷に匿った。
  豊姫は蓬莱国ではなく海底の竜宮城であると、月関連要素を秘匿。
  五色の亀は豊姫のペット、空に見える星は上方遥か浅い海の魚達と偽られた。
  三年後、故郷に帰りたいと言い出され、困った豊姫は永琳に打ち明け相談した。
  穢れのある人間を匿ったことの露見は避けたいが、
  安易に帰すと月の都の情報に興味を示す者を地上に発生させかねないのだ。
  永琳の第一案は即刻亡き者に、だったが、
  綿月姉妹の気持ちを酌んで、別案の中でも最善策をとり、
  数百年後の時代に送り返すことにし、三百年間コールドスリープさせた。
  三百年後の地上に戻った浦嶋子は絶望し、渡された玉匣を開き、老化。
  しばらく生き神扱いされ持て囃され、その話が淳和天皇の耳にも届く。
  天皇の遣いが到着した頃に浦嶋子は息を引き取ったが、
  蓬莱国からの帰還者と讃えられ、筒川大明神として祀られることになった。
 
  日本神話においては綿月神の宮に火遠理命 (山佐知比古) が訪ねて来て
  豊玉比売と夫婦仲となり、三年間暮らしたわけで、
  浦島太郎の物語と関連する部分もあるのだが、
  それもあってか豊姫のエピソードに浦嶋子が取り入れられているのであろうか。
 
  また、浦嶋子と言えば、妹紅のスペル@文花帖や紫の技@萃夢想も関連する。
 
    参考
    「UVa Library Etext Center:日本語テキストイニシアチブ」>>「万葉集 第九巻
    「国立国会図書館」>電子図書館 >近代デジタルライブラリー(検索)>日本書紀(第2冊-59/109)
    「久遠の絆」>古事記 >日本書紀 >巻十四「高麗、百済破滅」
      同上   >古事記 >風土記 >風土記 逸文 >丹後
    「星のまち交野」>あちこち探訪記 >私の活動報告 >2004年7月10日(浦島太郎伝説)
    「Taiju's Notebook」>古典文学テキスト >御伽草子 >浦島太郎
    「古事記」 梅原猛著、学研M文庫

 

 ・なぜその案が最善なのか
 
  無闇に絶望を与え途方に暮れさせるだけだし、
  情報漏洩の危険性は大して変わらないのではなかろうか、
  と当時の姉妹には思えた。
 
  穢れを持つ人間が月の都に紛れ込んでしまい、
  月人に発見された時点で普通は命は無いも同然と考えられる。
  穢れを月世界に受け入れることは出来ないし、
  月世界の認識や情報を地上に帰し、
  蓬莱国への興味や欲望を発生させるわけにはいかない。
  これは、浦嶋子が帰りたいと言い出した時に
  安易に帰せないと豊姫が困った理由でもあり、
  殺したくないためどうしようもなく、永琳に相談に行くことにつながる。
 
  命を取ることと帰すことの中間案とも言える永琳案。
  三百年後の地上に浦嶋子は深い絶望に陥る。
  ここで浦嶋子が情報を撒いても、与太話と思い誰も信じず
  絶望と不幸の中で死を迎えたことだろう。
  しかし、永琳特製玉匣をまんまと開けた浦嶋子は
  老化促進成分たる何か (高純度な穢れの凝集体?) を浴び、老衰の身となる。
  当時は珍しい老人の不思議な話は人々の耳に届き、生き神扱い。
  その話は天皇の耳にも届くほど広がり持て囃され、そんな中で語り部は生涯を終えた。
  また、廃れつつあった蓬莱国伝説は権力者の脚光を再び浴び、蓬莱国信仰も再興された。

 

 ・人工冬眠 (コールドスリープ
 
  SFではお馴染みだが、実現はされていない。
  人体を低温状態に置いて、身体や細胞活動を抑え
  長期間睡眠させるタイプや
  身体を丸ごと凍結し、一切の生体機能を停止させるタイプがある。
 
  前者は細胞活動が停止ではなく、あくまで低下状態であるため
  長期の場合は低温状態に置く以外にも体内の栄養や老廃物の状態など
  種々の維持・調整が必要そうである。(想像)
  冬眠遺伝子の研究や人間の冬眠と思われる事例などがあり、
  人間の冬眠も条件次第で可能と考えられている。
 
  後者は、チルノのカエル遊びと共通する。
  カエル遊びと異なるのは、対象の身体が大きいこと。
  人間の全身丸ごと、表面から中心まで
  一気に極低温まで瞬間冷凍、ならびに
  一気に常温あたりまで温める技術が無ければ、
  水と氷の体積変化で細胞が破壊されてしまう危険がある。
 
  また、自重による細胞傷害 (床ずれ、凍結体の場合は圧壊?) にも注意。
  しかも、三百年間の低温または冷凍状態保持のため、
  きっとエネルギーはやたらと費やされていたに違いない。
 
    参考
    「Wikipedia」 (コールドスリープ冬眠

 

 ・八意様との突然の別れ
 
  浦嶋子神隠しが478年、帰還が825年である。
  豊姫が語る千五百年以上前、三百年後とほぼ合致しているので
  これらの西暦年を当て嵌めて問題はなさそうである。
  竹取物語 (永琳失踪まで) がこの間に収まる。
  まぁ、藤原不比等 (659-720) から考える方が絞れるが。

 

 ・玉匣 (たまくしげ
 
  「豪華な化粧箱、玉手箱」 と脚注が付いている。
 
  ・玉櫛笥 (たまくしげ
    「『くしげ』の美称。み、ふた、おほふ、ひらく、あく、奥にかかる枕詞
  ・櫛笥 (くしげ
    「櫛などの化粧道具を入れておく箱。くしばこ
  ・玉手箱
    「浦島伝説で、浦島が竜宮の乙姫からもらい受けたという箱
  ・手箱
    「手回りの小道具を入れておく箱
 
    参考
    「広辞苑 第五版」

 

 ・ウラシマ効果
 
  特殊相対性理論的な効果による時間の遅れ。
  運動している状態により時間の進み方が異なり、
  光速に近い運動物体ほど運動していない物体よりも時間の進みが著しく遅れる。
  光速の宇宙船で三光年先に行ってすぐ地球に戻っても
  宇宙船搭乗者はほんのわずかな時間しか経過していないと感じているが、
  地球では六年が経過している。
  この光速に近い運動をした者と地球に居た者との間の時間経過の差が
  さながら浦島太郎であることから、ウラシマ効果と呼ばれている。
  もちろん、日本人にしか通じないが。
  SFではお馴染みの現象である。
 
    参考
    「Wikipedia」 (時間の遅れ

 

 ・学んだ事
 
  「私達にはそこまで深い考えを持つ事は出来ない。
   思慮の浅い優しさは人間も月の民も不幸にする

 
  永琳の解決策とその結果を見届けた姉妹は
  師匠の卓越した先見性と深い考えに圧倒され、
  及びもつかないと感じる。
  師匠に並び劣らぬ考えや対応は不可能であっても、
  少なくとも昔のような思慮の浅い優しさは捨てなければならない。
 
  「ならば、もうすぐ来るであろう人間が攻めてきた時、
   私達は追い返す事に専念すれば良いのです

 

 ・新しく入ったレイセン
 
  依姫が重点的に稽古中。
  しかし、筋はイマイチ。センスも良くないし、少し鈍くさい。
  餅搗き担当の兎なんて歌好きでいい加減でとろい奴が多いから
  当然ね、などと豊姫からも言われる始末。
 
  霊夢を翻弄した能力は隠されているのか、
  あれくらいの能力は玉兎の基本スペックなのかは不明。
 
  新しいレイセンや先の戦争、今回の状況から、
  今度は兎に頼らない方が良さそうだと感じ、
  豊姫は依姫が自ら戦えば良いと提案、依姫も敵の数次第だがと合意した。

 

 ・昔のレイセン
 
  先の戦争が始まる前に逃げ出した兎。
  使者担当の兎は楽ではなく、逃げ出す兎も少なくはないのだが、
  臆病で自分勝手で協調性の低い性格を矯正しきれなかった結果、
  実戦前に任務放棄し地上へと逃げてしまった。
  しかし、新しいレイセンより才能が有った。
  能力的に高いと評価されている。
 
  レイセンの連れ戻しも綿月姉妹の任務だが、
  もう四十年以上経ったので、鍋にされ喰われたか穢れまみれかの
  どちらかだろうし、と時効扱いである模様。

 

 ・月夜見様のお姉様の使い
 
  鴉を目撃し、依姫が挙げた可能性は、
  太陽の化身としての鴉 (金烏、火烏、八咫烏) は
  月夜見の姉 (月読命の姉、天照大御神) の使い。
  赤眼三本足の鴉。
 
  ふつうの鴉は足が二本で眼が黒い。
  黒い体に黒い眼だから、眼がどこにあるかぱっと見よく分からない。
  そんなことから鳥の字の一本の線を眼と見立ててこれを除いた字、
  烏がカラスに当てられているのだとか。

 

 ・誰かが仕向けた刺客
 
  地上の鴉が神隠しに遭ったとも考えられたが、
  機械的に、時折方向修正する以外は真直ぐ飛び、
  式神 (コンピュータ) の様な正確さでルートを辿っていた。
 
  もちろん、儚月抄 (SSB) 第六話で紫が放った鴉である。
 
  綿月姉妹は永琳の手紙から、地上からの侵略者があるとしても
  もう少し先の事と思っている。
  豊姫は何となくかすることがなくて手持ち無沙汰なためか
  今後の不安のためか何らかの他の理由からか、偶然にも
  月の民も滅多に来ない静かの海に足繁く通っていた。
  そのため、幸運にも鴉の侵入に逸早く気付く事が出来、
  その災いを水際で阻止する事が出来たのである。
  これが永琳も豊姫の特性に挙げた天性の幸運属性によるものか。
 
  紫の目的は、豊姫が偶然居合わせなければ達成された可能性が高い。
  すなわち、鴉は無駄死にさせるために徒に送り込まれたのではなく、
  月の都結界内に侵入させるのが目的だったのではないかと考えられる。
 
  しかし、今ひとつの事柄を考慮に入れよう。
  紫は逃亡兎が博麗神社に現れたことは式神を通じて知っていた。(SSB 第一話)
  逃亡兎が目覚め、永琳に会い、月へと帰る回も冒頭に鴉が飛んでいた。(同 第二話)
  また、逃亡兎来訪の夜、式神の情報から永遠亭が動き出したと
  紫は言っていた。(SSB 第一話)
  式神の永遠亭偵察は夜、例月祭終了後であり (I&I 第一回)、
  「動き始めた」 の表現からも、それに合致する所作は
  手紙をしたためたくらいであろう (CLR 第1話)。
  総合すると、永琳が逃亡兎に手紙を託して月側に何らかの情報を送ったことを
  紫は知っている可能性が高いと言える。
  永琳がどこまで推察しているかは不明だが、
  地上からの侵入計画に気付いていればなんらかの対策を整えて
  迎撃などの態勢を敷いていることが予想される。
  その対策のレベルを測る目的で、鴉が捨て駒にされた可能性が
  この考えから浮上してくる。
  鴉の飛翔ルートと飛翔速度は紫のインプットデータであり、
  あとは使役者として式神が倒されたことを感知出来れば、
  鴉を放ってから倒されるまでの時間で
  どのポイントで撃墜されたかと月側の防衛レベルが分かるのだ。

 

 ・晴れの海を越え、雨の海を越え、嵐の大洋へと飛び続けた
 
  儚月抄 (SSB) 第一話 冒頭の紫のコマンドに従っているかのような
  鴉の飛翔ルート。
  それは、月の都の結界を突破するための道筋、方位魔術。
  月の都は月の裏側かつ裏側の月にある。
  豊姫が 「月の都に辿り着く為の最後の海」 で攻撃を仕掛けたが、
  月の裏側の唯一の海、賢者の海であると思われる。
 
  「神酒を手に 晴れを越え 雨を越え 嵐を越え そして賢者を捜しなさい

 

 ・穢土に生まれ、悪心に操られし穢身、お前の浄土はここではない!
 
  豊姫の 「鴉の行き先操作」。
  海と山を繋ぐ能力の行使。
  月世界の表裏反転。
  真空に飲まれた鴉は揚力の源たる大気と身体駆動源たる酸素を失い、
  墜落後窒息死した。
 
  ・穢土 (えど
   「《仏教》けがれた国土。三界六道の苦しみのある世界。凡夫の住む娑婆。
    この世。現世。穢国。(対義語:浄土)

  ・悪心 (あくしん
   「悪事をしようとする心。他人に恨みを抱き、害を与えようとする心
  ・穢身 (えしん
   「《仏教》けがれた身。凡夫の身
  ・浄土
   「五濁・悪道のない仏・菩薩の住する国。十方に諸仏の浄土があるとされるが、
    特に、西方浄土往生の思想が盛んになると、阿弥陀の西方極楽浄土を指すようになった

 
  穢身には 「えし」 のルビだが、ミスだろうか。
 
    参考
    「広辞苑 第五版」

 

 ・殺す事が最善
 
  千五百年前と今回の対比。
  優しさと最善。

 

 ・私は暇が大好きなのに
 
  長命でも素敵な人生。

 

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