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2007年11月23日

「エクスパンデッドヤマトトーラス」

 

秋深し。
紅葉も見頃とぶらり旅。

秋の山を舞台にした東方風神録を意識して
旅をするなら諏訪地方、といったところでしょうが、
そちらの東方旅行記はいくつか既に上がっているようですので
(私にとってはなかなか行き難い地方ですし)
ここは角度を変えてアプローチさせて頂きましょう。

そんなわけで、大和国こと奈良あたりをぶらりぶらり。

 

まずは百人一首にも詠まれる秋の歌

ちはやぶる神代もきかず龍田川 からくれなゐに水くくるとは

嵐ふくみむろの山のもみぢ葉は 龍田の川の錦なりけり

というわけで、紅葉を愛でるために奈良県の龍田大社に向かってみます。

 

いきなり東方関連じゃないじゃないか!と思われましょう。
今回は東方関連 「なのかもね〜」 とか私が勝手に考察した内容に頼った旅行記です。
すなわち、かな〜り怪しいです…(ぉ
まぁ、考察文を多量に添付致しておりますので
お時間とご興味がございましたらご賞味あれ。

 

さて、考察も含まれますので前フリも長くなります。

東方風神録と諏訪大社の関連は種々のサイトの元ネタ・考察・舞台探訪でご指摘のある通りです。
諏訪ネタや東風谷早苗、八坂神奈子、洩矢諏訪子あたりのネタも
多くの方が (おおまかに〜詳しく) ご存知のことと思います。
(賢明な方は私が以下に書いていくことも既にお考えのことでしょうけど)

さて、その諏訪信仰について神道事典 (弘文堂) をひもときますと…

諏訪神社に対する信仰。長野県の諏訪湖をはさんで鎮座する諏訪大社を中心にして全国に
広まった信仰のこと。風水神、軍神、鍛冶神などの信仰をもつ。諏訪大社は建御名方神を祀る
諏訪市中洲の本宮と、八坂刀売神を祀る茅野市宮川の前宮とからなる上社と、下諏訪町の
春宮と秋宮からなる下社(どちらも建御名方神と八坂刀売神を祀る)で構成される。

このあたりは有名どころ。少しマニアックに続けますと…

『日本書紀』には持統天皇五年の夏は長雨で八月に竜田風神・信濃国水内神とともに勅使に
祀らせたことがみえる。中世の『神道集』に甲賀三郎諏方が地底から帰還したとき蛇体であった
とあることや、『諏訪大明神絵詞』で諏訪神が竜とされていることから神格がうかがえる。

とあります。東方風神録では神奈子が 「」 要素を持つことは
竜神 (蛇神) としての諏訪神の神格からもたらされていると考えられるのに加え、
竜田風神の龍や水内神 (「ミズチ」で蛇神に関連とする説あり) もまた
同様に竜神 (蛇神) 要素として絡められている可能性があります。
諏訪神・竜田風神・水内神の三神のために
三原色のスポットライトが演出に使われていたりするかもしれません。

 

前フリがやたら長くなりましたが、そんなわけで
龍田大社も風神録ネタと勝手に信じてこれを目指します。
JR関西本線は三郷駅に降り立ちました。

そんな道行きのはじまり、三郷駅から北東にちょっと歩いたあたりに
道路に面した階段があります。

神南備神社です。
静かに佇んでいます。
無警戒で歩んだら蜘蛛の巣がまとわりつきました。

神南備神社
神南備とは神様がお住まいになる森という意味で、神名人
甘南備とも書き「かむなび」と読む。山が平地に接する端山(はやま)
にある。立野の神南備は、飛鳥の神南備と共に有名であり
万葉集にも十首以上詠まれている。

このあたり、先にも挙げた神道事典から引用し補足しますと…

神奈備 (かんなび)
神の鎮まる場所、とくに神聖な森や山のこと。神隠の意で、ミモロとも同義とされる。

諏訪大社や大神神社などの山岳信仰が神奈備として有名で、神社には神の家である本殿がなく、
山や森 (木や石なども) を神の宿りし御神体として祀る、元来の自然信仰に直結したものです。
当然ながら、神奈子の名の由来でしょうし、風神録英題の 「信仰の山」 が含まれます。

さて、階段を降りて元の進路に戻り、
案内の看板があるのでそれに従って
角を北に折れて少し斜面を上がります。

龍田大社です。
両部鳥居かな?前後からの衝撃にも強そうな構造。
風神を祀る神社の鳥居が大風で倒れたら大変ですもんね。
(たぶん、そんな理由からではなく由緒があるのでしょうけど)

拝殿。11月の休日はどこも七五三ですな。

別角度から。秋ですねぇ。

風の神様を祀る龍田大社。
祭神は あまつみはしらのみこと と くにつみはしらのみこと。
漢字で書くと天御柱命・国御柱命。
なんと、オンバシラ
諏訪の御柱を拡大解釈しても良さそう、かな。
なんというエクスパンデッド・オンバシラ

ちなみに、記紀神話で言うところのシナツヒコ、
イザナギとイザナミの間に生まれた風の神が天御柱命、
その対としての女神、シナツヒメが国御柱命だそうな。

本殿隣の末社・白龍神社です。
江戸末期には神域に見られた白蛇が信仰されたらしいのですが、
その白蛇が明治後期になり姿を消して当時騒然としたそうな。
そんな折り、葛城郡のにごり池に白龍として出現したので
これを受けてこの地に祭祀されたのだとか。
白龍大神様はたいへんお水を好まれます。
御石にお水をおかけ下さい。
との案内札がありましたので、それはもうかけさせて頂きましたとも。

リンク
春日野奈良観光の龍田大社(風鎮大祭)ページ

 

 

さて、三郷駅からJR線で、お次は法隆寺駅にて下車。
龍田の風神様の相方、水神様もせっかくだから参ることに。
よいアクセスルートが公共交通機関でなかったものですから
そこは徒歩で。(ぉ
なかなか遠いです。徒歩30分くらい (片道)
斑鳩の町を南進し、目指す先は廣瀬大社です。

龍田と廣瀬の風水神の関係を、諏訪の竜田風神と水内神との関係にも当て嵌め、
水内神を廣瀬と結び付ける見方もあったりするようです。

法隆寺駅から斑鳩の町を南に歩んでいる最中、
途中の橋から西方の視界。西に向けて流れる大和川です。
写真右あたりが三室山…かな…。

橋を渡り終えたら川沿いを東に進みます。
その途中の庚申様。
陽射しと運動量も手伝って、このあたりでジャンパーを脱いだところ、
な…小グモが二匹もっ!?一体いつから!?
心当たりは神南備神社ですが…あれからずっとでしたか。

大和川の堤防を東進しています。その南側の風景。のどか。
写真の雑木林に囲まれて廣瀬大社があります。
廣瀬大社は南面し、参道も南北に伸びておりますが、
私の歩んでいるルートは、いったん廣瀬大社の真裏、北側からアプローチして
雑木林外輪を反時計回りし西から参道に合流するルートです。
このまま写真左手に進み、堤防を降りて雑木林沿いに写真右手を目指します。
写真右側にこの風景から見ると何だか異質な橋がかかっています。

これ。
この橋を渡るとすぐに廣瀬大社参道に合流します。
いわゆる境界ですかな。

廣瀬大社。二の鳥居と奥に拝殿。
大和盆地を流れる総ての河川が合流する地点に祀られ
治水と五穀豊穣を司る。
河川の合流点という場所が場所だけに、水害に見舞われやすい土地柄のため
(公式HPによると本年7月に境内浸水の被害に遭っている)、水神様はたいへん重要。
風雨の被害に遭ってしまうのは、人々の災厄に身を挺して守って下さっているからです、きっと。

拝殿

水足明神(みずたるみょうじん)
崇神天皇の御代ここに棲む龍神の託宣により廣瀬の神が祀られる様になり
後にこの池は水足の池と名付けられました。ここにその龍神をお祭りしています。

こちらにも龍神様が。

さて、これにて風神と水神、
諏訪の竜田風神と水内神の代替参拝完了です。
あー、帰路もまた30分徒歩です。
まぁ、のどかな景色を楽しみつつ。
(というか私の場合、実家がおおよそ田舎だしなぁ。
あまり楽しむという感じの景色ではないかにゃぁ。
農地の中に大きな文化施設が建っているとか、
むしろ親近感)

リンク
廣瀬大社

 

さて、三原色のスポットライトと蛇神と風水神から
龍田大社&廣瀬大社を見てきましたが、
三原色のスポットライトと言えば、あれがぐるぐる回っているばかりではなく
合一して白系の円を形成しますよね、通常弾幕の無敵介在3パターンの時。
三つの円、三つの輪と神奈備と言えば、
三輪山を御神体として祀る大神(おおみわ)神社ですよ。

というわけで、次は法隆寺駅から奈良駅乗り継ぎで三輪駅へ。
三輪そうめんでも有名。

 

(つづく)
後編はこちら
 

 

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