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8月11日〜12日
「カナメファンネルズ」

 

お盆休みを利用してのぶらり旅、
今年は関東に足をのばして、要石でも拝もうかと、ぶらぶら。

 

ひさびさの関東なので、折角だし東京の友人と久々に飲むことに。
てなわけで、初日は上野の東京国立博物館にやってきました。

 

本館

建物自体が重要文化財

楓蒔絵色紙箱

風神録でケロちゃんが背負っていたトノサマガエルに
カエデの素材が重ねられていたのですが、その素材の元ネタ。
見つけて思わず撮影。

ちなみに、撮影禁止マークが付いていない展示物は撮影可能です。
外人さんもいろいろ撮影してました。

模様の元ネタと言えば、鳥獣戯画とか雛スペル背景の波兎なども
国立博物館に収蔵されているので、何かのタイミングで拝めるかも?
売店にはありましたけど。

売店と言えば、とりあえず
鳥獣戯画のマウスパッドと凱風快晴のクリアファイルを
購入しちゃったりしました。

十王像(閻魔王)

土佐光信(1469〜1523)筆、重要文化財

浄玻璃の鏡が描かれてますね。

土蜘蛛草子

頼光が土蜘蛛を退治し、
その腹から1990のドクロを発見しているの図。

本館をつぶさに見て、買い物もしている間に時間切れ…(^^;;
他の建物の外観を撮りつつ宿泊施設へ。

写真は表慶館。

平成館

 

さて、チェックイン後、友人と合流して
飲んで(一次)歌いました(二次)。

満喫。

 

 

さて、二日目。

上野駅から我孫子駅、成田駅を経由して、
2時間ちょいかけて鹿島神宮駅到着。

 

駅から鹿島神宮へ向けて歩いていると、
道端にキャプテン某の友達を発見。
さすがはアントラーズ界隈。

参道に入りました。

鹿島神宮

境内はこんな感じ。
右端の現在地からT字路を右に曲がって
ようやく要石ですね。

楼門

なぜか手前にネコ(猫車)。
撮影当時はスルーしてましたが、
今改めて見てその存在に気付きました。ニャーン。

ちなみにこの楼門は日本三大楼門の一つだそうです。

拝殿

北を向いています。
北辰信仰によるものだとか。
昔は北星祭という国家鎮護の祭祀も執り行われたらしいですよ。
要石は天の中心でもあるか。
(「神社の系譜 なぜそこにあるのか」 宮元健次著、光文社刊、参照)

要石かつ東方元ネタで以前訪れた、
三重県の大村神社も、拝殿は北を向いていました。
鹿島の神が奈良(春日大社)に至る途上で立ち寄ったとかで
伝承面での結び付きもありますが、要石など、
他にもちゃんと関連があるといったところですね。
そういえば、鹿島とオホ氏の関連という話題も
大村という名には関連付けられそうですね。

拝殿と本殿

重要文化財の仮殿。

本殿修理の際などに一時的に神様をお遷しするところだそうで。

さて、奥参道から要石を目指します。
天然記念物の「鹿島神宮の森」。

大きな神社で時々見掛ける、さざれ石。

鹿園のニホンジカ。
鹿島神宮の神使ですな。

駆け回ったり、鳴いたりしてました。

奥宮

家康公が本殿として奉納したものを
その後の造営の際に引き移したものだそうな。

奥宮の前に分かれ道があり、
一方は要石の方へ、他方は御手洗池に向かいます。
せっかくなので、御手洗池の方から参りますかねぇ。

階段を下った先に、御手洗池です。
池の中に鳥居と石段。
青く澄んでおり、鯉も泳いでいます。
古くからの禊の場。
奥の湧水口からは1日400kL以上湧出するとか。(社務所の案内紙より)

ご近所の方でしょうね、水汲みに来られている方も。

 

もと来た階段を上り(ひぃひぃ…)、
要石を目指すことにしましょう。

神宮の森を堪能しながら歩みます。

途上には大鯰の碑が。
鹿島の神が大鯰の頭を押さえ付けている 「鯰絵」 から。

ゆるぐとも よもや抜けじの 要石 鹿島の神の あらんかぎりは

その要石がこちら。

地中深くに埋まり、地底の大鯰の頭を押さえ付けて
暴れて地震を起こすことを抑制しているのだとか。
大地を鎮める石です。

水戸の光圀公が7日7夜掘り続けても掘り出せなかったとか。

ちょっとくぼんでいるので、
相方?の香取神宮の要石とセットで凹凸の一組にも見られるようです。

 

 

さて、鹿島神宮を後にして、鹿島神宮駅から香取神宮を目指します。

後半へ

 

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