「東方儚月抄 〜Silent Sinner in Blue.」
第九話 『住吉・イン・ブルー』

 
あらすじ

  雪もちらつき、冬深まる幻想郷。
  紅魔館のロケットはついに完成を迎え、
  本日はプロジェクトスミヨシのお披露目とロケット命名のパーティーである。
  幻想郷中から主だった面々が紅魔館に招待された。
  その中には、永遠亭の面々、永琳の姿も――。


誌上情報

  単行本情報 「東方儚月抄 〜 Silent Sinner in Blue.」上巻、4月9日(水)発売
  あらすじ等  単行本情報に伴い、あらすじと人物紹介は本編の柱へ移動。
  扉アオリ   子供は寒くても お外で遊ぶものです。 ………子供?
  柱アオリ   こういう単語、本当にあるんですね。勉強になるなー。
          醸ナマイハウス。


タイムライン(補足込み)

  (幻想郷)
   雪が降り積もった幻想郷。
   霊夢は秋も終わりねと呟く。
   具体的な時期は不明だが、霊夢のセリフから
   新年を迎える以前の冬であると推測できる。
   吸血鬼の活動時間やたびたび空が黒ベタで描かれる事から
   本編は夜であろう。
   当然ながら天は雪雲が覆い尽くしており、月齢も不明である。
 
  (博麗神社)
   霊夢と魔理沙は縁側でお茶をすすりつつ雑談。
   パーティの準備を整え出発したところで道脇に立つ幽々子と妖夢と出会う。
   連れ立って紅魔館へ。
 
  (紅魔館)
   求聞史紀掲載人妖(阿求含む)と風神録キャラクターほぼ総出席の大パーティ。
   永琳が霊夢達に接触した少し後に、幽々子は妖夢を連れ退席した。


セリフ解説

 ・(住吉・イン・ブルー)
 
  ここでのブルーは空 (夜空) の青。
  また、本作では宇宙空間をはじめ海が重要ワードである。
  これから後に描かれるであろう宇宙旅行は航海であるが、
  その宇宙 (夜空) を海と見た際の青でもあろう。
 
  夜空の住吉、オリオンの三つ星。

 

 ・…リゲル ベラトリクス タビト
 
  レミリアの挙げた、三段ロケット愛称の一例。
  いずれもオリオン座の星につけられた固有名である。
 
  オリオン座は一等星2つ、二等星5つを含んで見つけやすく、
  冬の星座で代表的なものとして知られる。
  雄大で配列も美しく燦然と輝き、「冬空の王者」 とも呼ばれる。
  その 「王者」 の風格がレミリアに注目されたのであろうか。
  最終的な愛称とオリオン座で共通するが、偶然と言えよう。
  逆に言えば、レミリア独力で惜しいところまで行き着いていたと言える。
 
  オリオン座は視認に容易な明るさの星だけでも
  オリオンのベルトに当たる三連星こと三つ星と
  それを囲んで四方に分布する四つ星から成る。
 
  リゲル (Rigel) は四つ星に含まれる右下の星、
  巨人オリオンの左足に当たる一等星にしてオリオン座のβ星。
  アラビア語の Rijil al Jauzah (巨人の左足) が語源とされる。
 
  ベラトリクス (Bellatrix) は四つ星に含まれる右上の星、
  オリオンの左肩に当たる二等星でオリオン座のγ星。
  ラテン語の女戦士が語源と言われる。
  これはオリオンの母が女人国アマゾンの女王であるとする説による。
 
  タビト (Tabit) は四つ星よりも右側 (西側)、
  オリオンが左手に持つライオンの皮として連なる6つの星の一つ、π3星。
  オリオンの西端領域では最も明るい三等星である。
  アラビア語の Thabit (耐える者) に由来すると考えられている。
  (Thabit はオリオンの腰布の下端付近、υ星の固有名でもある)
 
  参考
  「Wikipedia」 (オリオン座リゲルベラトリックスタビトオーリーオーン
  「宙の名前」 林完次 写真・文、角川書店 刊
  「Ray:雑学事典」 >天文学 >星座 >冬の星座 >オリオン座
  「Space Yumi's Room」 >冬の星座 >オリオン座 >固有名
  「The Fixed Stars」(英)>The constellations >Orion >Tabit

 

 ・あのロケットたちに愛称が必要でしょ?
 
  例えば、2007年9月14日に打ち上げられた大型月探査機も
  プロジェクト 「SELENE(セレーネ)」 と呼ばれていたが、
  打ち上げに先立って探査機の愛称が一般公募で選ばれ、
  愛称は 「かぐや」、正式名称 「かぐや(SELENE)」 と名付けられた。
 
  プロジェクトスミヨシはあくまでプロジェクト名、
  住吉三神は推進力となる神様の名称であり、
  ロケットの名前は別途必要となる。

 

 ・で そろそろ時間だぜ? パーティの (ボワン)
 
  一瞬でおめかし衣装に変身。メルヘン魔法。
  秋★枝氏の描く魔理沙の持ち味とも言えよう。
  (漫画版求聞史紀でも帽子を出現させたようなさりげない描写あり)

 

 ・走尸行肉
 
  そうしこうにく
  走る死体と、歩く肉体。
  生きていながら役に立たない者のたとえ。
 
  参道の脇から霊夢と魔理沙に声を掛けた幽々子の第一声。
  類義語に酔生夢死がある。
  酔人の生、死の夢幻。
  また、座食逸飽 (何もしないで腹一杯食べる) も類義語。
 
  幽々子 「毎日はしゃいでいるのも結構だけど…
        どうでもいいことばっかりしてるのなら
        走る屍 動く肉となんの違いもない

  魔理沙 「動く屍のお前が言うな
 
  参考
  「四字熟語データバンク」>走尸行肉
  「Wiktionary」>走尸行肉

 

 ・いいえ? どんでもない
 
  住吉三神のヒントは幽々子が妖夢に持たせた情報と
  読者も知っているし、霊夢達も何となくそう思っている。
  しかし、その話題に対して幽々子はそらとぼける。
 
  本話後半でも関係してくるが、月関係者への情報漏洩防止なのだろう。
  下手に釘を指す緘口令を敷いて警戒心を持たせてしまうより
  (惚けるのは幽々子らしくて?) 自然である。
 
  わざわざ博麗神社に出向いたのも、
  月関係者に霊夢達が接触するよりも前に合流し
  情報漏洩を避けるためだったとも考えられる。
  永琳達はほとんど外に出ないため、普段はその危険性も低いが、
  レミリアの一大プロジェクトお披露目会ともなれば
  永遠亭に招待状が出される公算も高いわけだし。
  神社で宴会を口実にしていた幽々子だが、咲夜との会話で
  神社宴会と紅魔館パーティは比べるまでもないことが明白であったようであるし。

 

 ・日本海
 
  新潟の地酒。

 

 ・地上では 月の6倍 体が重いのです
 
  月の重力加速度は 0.165 G、約6分の1G である。
 
  参考
  「Wikipedia」 (

 

 ・じゃあイルメナイトを一握りでも…
 
  永琳の希望するお土産。
  一握のイルメナイト。
  イルメナイトについては、
  東方文花帖事典の 「月のイルメナイト」 参照。
  新難題が解決する日も近い?

 

 ・私の故郷は地上だけどね
 
  小説版第三話で月夜見が月へと至り月の都を開くのに
  永琳の力なしでは為せなかったようなことが書かれている。
  幻想郷の面々に永琳がもともとは地上人であると知らされたのは
  ここが初めてか。

 

 ・上から 『ミンタカ』 『アルニタク』 『アルニラム』 になりましたー!
 
  ロケットの術式における完璧さを維持するために
  永琳が提案した愛称。
  魔理沙を介して伝えたため、幻想郷公式には魔理沙提案と思われているであろう。
  西洋風の名詞でもあり、レミリア・パチュリーコンビもお気に召した模様。
 
  ミンタカ (Mintaka) はオリオンの三つ星の1つで右側の二等星、
  オリオン座δ星の固有名である。
  アラビア語の Al Mintakah al Jauzah (巨人の帯) に由来する。
 
  アルニタク (Alnitak) もオリオンの三つ星の1つで左側の二等星、
  オリオン座ζ星の固有名である。
  アラビア語の Al Nitak (帯) に由来。
 
  アルニラム (Alnilam) はオリオンの三つ星の真ん中の二等星、
  オリオン座ε星の固有名。
  アラビア語の Al Nitham (真珠の糸) が語源であり、
  元々はこれが三つ星全部の名前であったとされる。
 
  オリオンの三つ星はその明るさと近接して直線状に並ぶため見つけやすく、
  古来から親しまれてきたことは想像に難くない。
  また、特にミンタカが天の赤道近くに位置しており
  真東から昇り真西に沈むという特徴から方角確認にも利用でき、
  オリオンの三つ星が海・航海の神様、住吉三神とみなされたことも頷ける。
  (オリオンの三つ星を神格化したものが住吉三神であるとする説もある)
  ミンタカ・アルニラム・アルニタクに対して
  表筒男命・中筒男命・底筒男命が当てられる。
  オリオン座の東から西への運動方向 (特に東から昇る様) とすれば
  表・中・底の筒に見立てるのも順番に不自然は無いか。
 
  ちなみに、住吉大社の拝殿の配列も東から西への直線状である。(Googleマップ
  南中した時のオリオン座で見れば、
  西から順にミンタカ・アルニラム・アルニタクと並ぶ様が
  第三宮(表筒)・第二宮(中筒)・第一宮(底筒)の西から東への並びにも符合する。
 
  本編でアルニタクとアルニラムがテレコなのはミスか。
  字形も似てるし。
 
  参考
  「Wikipedia」 (オリオン座住吉三神
  「宙の名前」 林完次 写真・文、角川書店 刊
  「Ray:雑学事典」 >天文学 >星座 >冬の星座 >オリオン座
  「Space Yumi's Room」 >冬の星座 >オリオン座 >固有名

 

 ・あそこに間諜(スパイ)がいたじゃないの
 
  永琳が住吉三神の名を口にしたあたりで
  幽々子は妖夢を伴って退席していた。
  紅魔館外にて、途中で抜けた理由を妖夢に問われての幽々子の言。
 
  後のセリフでスパイとは月の民とも言っており、
  まだ明かされていない隠れ月の民が幻想郷の人妖に紛れていなければ
  永琳・輝夜・鈴仙にスパイは絞られる。
  素直に考えれば永琳のこと。

 

 ・確かに吸血鬼の月侵略計画を妨害するかもしれないですが…
  私たちとはなんの関係もないのでは?
 ・それどころか 元々吸血鬼の計画を阻止するのが私たちの目的で
 
  ややこしくて混乱する妖夢。
 
  永遠亭は出自的に月側と思われるので、
  普通に考えれば月侵略計画は妨害する方向で動く。
  しかし、実際は月ロケット計画を影から手引きした存在があり、
  異変の裏を明らかにしたい永琳は、月ロケット程度は上手く事が運ぶよう助力している。
  簡単に潰せるということは、それはその分だけトカゲの尻尾きりとされやすく、
  手掛かりが殆ど無い時点で計画を潰しても黒幕は容易く行方をくらましてしまう。
  その点を以って幽々子はスパイことその月の民を 「狡猾」 と評し、
  その月の民が吸血鬼の月侵略を阻止するという妖夢の推測を一笑に付したのであろう。
 
  白玉楼は紫シナリオに沿っていると思われるので、
  妖夢は藍が持ち掛けた依頼やその情報から
  吸血鬼の計画の監視、ひいては紫シナリオの障害になる月ロケット計画を
  潰す側に自分達があると考えていた。
  しかし、藍の依頼は表面上のことである。
  紫は承知の上で藍にダミー依頼を仲介させ真意を擬装した。
  その中には旧友に通じるキーワード、前回の月面戦争騒動を織り込んでおり、
  幽々子は紫の真意を察して藍のダミー依頼には興味を示さず断った。
  スパイの話は以前にも幽々子と妖夢の間で出ていたが、
  その会話を以って妖夢は幽々子が依頼を断った事が擬装と考えたのであろうか。
  実際は藍の依頼の方が擬装であり、紫の真意を読んだ幽々子は
  住吉三神を霊夢達に教えるなど月ロケット計画完成に協力したのである。
 
  すなわち、面白そうだから月へ行きたい霊夢と魔理沙、
  紫に先んじたいレミリア、幻想郷の人妖に月へ行って貰いたい紫、
  紫の思惑に協力したい幽々子、霊夢達は泳がせておきたい永琳、と
  月ロケットを飛ばすのに主要メンバーで妨害を考える者はいないのである。

 

 ・私は あの月の民を間諜(スパイ)と言ったのよ
 
  文中の強意をどこに置くかで解釈が異なってくる。
 
  「あの」 が重要であれば、スパイとして通常考えられる永琳以外を
  幽々子がスパイとして特に警戒していることになる。
  その場合は鈴仙あたりが有力候補だろうか。
  永琳の話の最中で幽々子達が離れた事などはミスディレクションとなる。
 
  素直に考えれば、「間諜(スパイ)」 にアクセントがあると思われる。
  先にも用いた単語だが、念押しの強調。
  ここでは、月側にいろいろ報せる者というよりも (永琳にはその手段が無い)、
  敵側の情勢を探る、という意味でのスパイであろうか。
  探る、見張る、詮索する、調査する。
  特にパーティなどの社交の場では
  対立組織の情報収集や情報操作に対して警戒が必要である。

 

 ・妖夢が余計なことを言わないように出てきたの
 
  というわけで、退出の理由はこれに尽きる。
  ロケットの方では問題無いが、
  自然に情報を引き出せる機会があれば
  スパイが動かないわけがない。
  永琳や永遠亭メンバーが普段から
  神社や紅魔館や白玉楼を訪れるような交流を持っていないため
  そのような自然な機会は著しく限られよう。
  幻想郷中からの招待客に溢れるパーティはスパイにとって大きなチャンス。
  だが、スパイの出方が読めていれば簡単にかわせる。
  大きなパーティなので、途中で二人ほど退席しようが気にも止まらない。
  それを見越してか (住所が不明だからか) 紫も欠席である。(藍は出席)

 

 ・敵を騙すにはまず味方から
 
  妖夢から何か説明を求められての幽々子の返答。
  貴方は騙されたままで良い、ということ。

 

 ・鬼ごろし
 
  幽々子が懐から出した酒の銘柄。
  (亡霊は幽霊と違い体温も低くないのに)
 
  鬼ごろしはいくつかの蔵元で造られている辛口酒の定番の銘。
  ZUN氏が 「幻想曲抜萃」(黄昏フロンティア) 中のコメントで
  触れていた、ジェノサイド的なお酒。

 

 ・(醸ナマイハウス)
 
  柱コメントなので、担当編集者さんのお遊び。
  カモナ・マイ・ハウス (Come on a my house;うちへおいでよ)に
  酒の発酵つながりで「醸す」を掛けている。
 
  "Come on-a my house" はアメリカ民謡のタイトル。(1939年)
  日本では江利チエミの歌でヒットした。
  直接の元ネタはそれらから派生した何かか。
  醸すは漫画 「もやしもん」 からかもしれないが、一般的な語だけに不確定。

 

 

 

 

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