「東方儚月抄 〜Cage in Lunatic Runagate.」
第四話 『不尽の火』

 
あらすじ

  紅魔館のパーティー以降、落ち着かない妹紅。
  妖怪の山の吐き出す煙を見上げ、山の歴史を慧音に聞いた数年前や
  その時思い出した自身の過去を振り返る。
  吸血鬼のロケットが夜空に輝線を描いた夜、
  妹紅は胸のざわつきの正体を自覚し、すぐさま永遠亭へ向かった。


誌上情報

  表紙アオリ 輝夜の永遠のライバルがついに登場!!
  扉アオリ  永き夜を越えた不死人は不尽の煙に何を見るのか……。
  紹介記事  キャラクター紹介(藤原妹紅、上白沢慧音)


パラグラフ編成

  1)(今回は藤原妹紅視点)
    静かに煙を上げる妖怪の山。
    妖怪の山と火山活動について。
  2)迷い人を竹林の外へ送った妹紅。
    竹林と、迷い人を送る自身について。
    妖怪の山の煙を目にし、数年前を回想する。
  3)数年前、里の獣人に相談したことの回想。
    妹紅と慧音の会話… 「山の歴史、不死の神・石長姫、そして、咲耶姫」。
  4)竹林の中の小さな隠れ家に戻った妹紅。
    慧音の回想を中断し、不死になってからの千三百年を振り返る。
  5)再び数年前の回想。思い出した自身の過去を語る妹紅。
    妹紅と慧音の会話… 「岩笠一行、山登り、現れた咲耶姫、明かされた壺の中身」
  6)隠れ家で目を覚ます妹紅。
    生者必滅と不老不死、生きる目的。
    そのとき、月ロケットの月への飛翔を目撃し、不安に駆られる。
  7)三度、回想。
    妹紅と慧音の会話… 「岩笠の語った経緯と詳細、やがて眠りに落ちるまで」
  8)引き続き、妹紅と慧音の会話… 「目覚めた後の惨状、再度現れた咲耶姫」
  9)引き続き、妹紅の独白… 「岩笠と咲耶姫の会話、八ヶ岳、下山、そして、凶行」
  10)竹林を駆ける妹紅、自覚される「不安」。
    永遠亭が見えてくる。
  11)四度、回想。
    妹紅と慧音の会話… 「妖怪の山、咲耶姫と石長姫、本来の姿の八ヶ岳」
  12)永遠亭に到着した妹紅。
  13)永遠亭内での輝夜と永琳の会話… 「月ロケットと吸血鬼たち」
    妹紅は聞き耳を立てる。
  14) 月に帰る気が輝夜に無い事が確認出来、清々しい気分で帰る妹紅。
    いつか妖怪の山に登り、石長姫に会おうと思いながら。
 
 
  補足
 
   終盤の永遠亭のシーンから、
   儚月抄 (SSB) 第十話と本話は時系列を同じくすると分かる。

 

 
解説と雑学

 ・不尽の火
 
  不尽 … 「つきないこと。十分につくさないこと
  ここではつきないこと。
  ちょうど竹取物語で不死と富士が掛けられているように、
  ここでは不尽と不死とが掛かっている。
  本編では、石長姫が宿る霊山は、彼女の不変不死の力により不尽の力を宿すとされ、
  妖怪の山には石長姫が住むとされる。
 
  また、富士山を広辞苑で引くと 「不二山、不尽山とも書く」 とある。
  本編では、咲耶姫に愛想を尽かした石長姫は富士山から八ヶ岳に移ったとされ、
  富士山は不尽の力を持たなくなったとされた。
  従って、それが、富士山が火山活動を止めてしまった理由であるとされる。
  妹紅は竹取物語の時代、富士山の噴煙を見ており、
  不死の煙、不尽の火を知っている。
  現在の妖怪の山の煙に見覚えを感じたのはそのためであった。
 
    参考
    「広辞苑 第五版」 (不尽、富士山)

 

 ・玄武の沢
 
  魔法の森近くのある地形。
  亀の甲羅のような六角形のひびが入った岩が底にあり、
  周りの崖は垂直に切り立った六角柱で出来ている沢。
  大昔の妖怪の山 (火山) から溶岩が流れ、冷えて固まる時に出来た地形である
  ということが判っているらしい。
 
  兵庫県豊岡市の玄武洞にちなむものか。
  約160万年前に来日岳の噴火で流れ出た溶岩が冷え固まり、
  その玄武岩塊が波の侵食と人々の採掘を受け、洞窟が形成されたとされる。
  四神の一で北方を守護する玄武の姿を思い描いて玄武洞と名付けられ、
  また、玄武洞の名にちなんで、火山岩の一種である玄武岩が命名された。
  洞窟内には、亀甲状の天井や、5〜8角の石柱が見られる。
 
    参考
    「Wikipedia」 (玄武洞

 

 ・私はこの辺の妖精に顔が利くので
 
  強者、妹紅。
  永夜抄EXでも、妹紅登場直前は極めて厳しい攻撃が唐突に止んだ。

 

 ・今から数年前の事である。(中略) 数少ない私の理解者である獣人
 
  永夜抄は3年と少し前に当たる。
  永夜抄でのスペル 「いはかさ」 や
  慧音の 「あの人間には〜〜」 から、
  おそらく永夜抄前に既に慧音は妹紅の理解者であり、
  以下明らかにされる回想も済んでいたものと思われる。

 

 ・石長姫 (いわながひめ
 
  日本神話に登場する女神。
  山を司る神であるオオヤマツミの娘であり、
  コノハナサクヤヒメの姉である。
  美しい妹とは対照的に醜い。
  オオヤマツミはニニギに姉妹を貢いだが、
  ニニギはイワナガヒメをその醜さのために返してしまう。
  イワナガヒメは醜いが、長久を授ける。
  したがって、イワナガヒメが返された事で、天皇は長命ではなくなった。
  岩の永遠性を表す姫。
  全国の浅間神社でコノハナサクヤヒメとともに祀られる。
 
  「永遠の命、不死を司る姫」。
 
    参考
    「【縮刷版】神道事典」 (イワナガヒメ)
    「Wikipedia」 (イワナガヒメ

 

 ・浅間 (せんげん) 様
 
  富士山に対する信仰、富士・浅間信仰。
  浅間は、古くはアサマと読む。
  富士山が浅間 (あさま) と称された理由については、
  アサ、アソの語が火山や噴火などの意味を持つことに求める説がある。
  古くから神格化され信仰された霊山である富士山山麓に
  806年、現在で言う富士山本宮浅間大社が創立され、
  水源の神・火山の神としての浅間神信仰が成立した。
 
  長野県の浅間 (あさま) 山に対する信仰、浅間 (あさま) 信仰もあるが、
  同一ではない。
 
    参考
    「【縮刷版】神道事典」 (富士・浅間信仰)
    「Wikipedia」 (浅間山浅間神社

 

 ・木花咲耶姫 (このはなさくやひめ
 
  イワナガヒメの妹。
  非常に美しい女神で、名のコノハナは桜の花のこととされる。
  美しさと儚さの姫。
  前述の、天孫が短命となる起源の神話の他、
  火中出産の神話でも知られる。
  これによりコノハナサクヤヒメは火の神とされ、
  富士・浅間信仰から富士山や全国の浅間神社に祀られる。
  富士本宮浅間大社では水の神とされ、
  噴火を鎮めるために富士山に祀られたとしている。
 
  富士山で妹紅や岩笠一行の前に現れた咲耶姫は
  富士山を鎮め噴火を抑えている自身の役割を紹介した。
 
    参考
    「【縮刷版】神道事典」 (コノハナサクヤヒメ)
    「富士山本宮浅間大社
    「Wikipedia」 (コノハナノサクヤビメ

 

 ・不死になってからもう千三百年くらい経つだろうか
 
  すなわち、輝夜を中心とした竹取物語は千三百年くらい前である。
  藤原不比等 (659年 - 720年) の娘であろう妹紅が少女であった頃は
  1300年とさらにちょっとばかり昔といったところか。
 
  この後の妹紅の語りから、千年前〜七百年前くらいの間は
  妖怪 (等) 退治に明け暮れたと知れる。
  これにより人間離れしたチカラが培われたのであろう。
  並の妖怪では物足りなくなる域にまで達したとのこと。
  輝夜との再会は三百年くらい前。
 
    参考
    「Wikipedia」 (藤原不比等
 

 

 ・今ではお互い不死という事もあり、定期的に壮絶な殺し合いを行っている。
 
  定期的らしい。
  ライフワーク。生きる活力。

 

 ・岩笠 (いはかさ
 
  竹取物語において、帝の命令で
  かぐや姫の残した薬の壺と手紙とを
  天にもっとも近い山の頂きで焼くことを命じられた人物。
  調岩笠 (つきのいはかさ
  永夜抄事典、時効「月のいはかさの呪い」参照。
 
  竹取物語では不死の薬を燃やしたことから
  不死の煙が永く立ち昇る山、ということで富士と不死のシャレが示される。
  また、岩笠が兵士を数多伴って登ったため、
  士に富める山、富士の山のシャレもある。
 
  本編では、「数名の兵士」 とある。あまり多くない?
  また、富士山の不尽の煙は石長姫の不死の力によるところが大きかった。

 

 ・八合
 
  登山の路程を10分の1したものが 「合」 である。
  八合目は (片道) 達成率 80%。

 

 ・その壺は神である私の力をも上回る力を持っています。
 
  さすがの永琳クォリティ。

 

 ・生者必滅――生きとし生ける者は必ず死ぬ、それが世の定めである。
 
  生者必滅の理。
  その定めが及ばない蓬莱人は、幽々子の天敵。(と、幽々子の言)

 

 ・咲耶姫は兵士達が殺し合いをしたと言ったが、(中略)
  中には躰が焼け爛れたりしている者もいた。
 
  咲耶姫に起こされた妹紅と岩笠は惨状を目の当たりにする。
  一面の血の海。
  兵士とは言え富士登山を行う者の武装も知れているが、
  その戦いにしては不似合いな破壊に遭った遺体。
  そんな中なぜか眠り続けた岩笠と妹紅。
  今思えば、と妹紅は咲耶姫を疑う。
 
  「咲耶姫は元々、火を鎮める水の神様でした」 とは
  本編中の慧音の発言。
  咲耶姫により兵士が屠られたとするには
  焼け爛れた一部の遺体が不可解である。
  富士山の噴火抑制を限定一部解除し上手く制御する
  器用な攻撃を咲耶姫が行なったのであろうか。

 

 ・八ヶ岳
 
  富士山の北西方面に南北に連なる山々が八ヶ岳。
  長野県と山梨県の境にある。
  富士山からならば、その向こうに諏訪湖が位置する。
 
  日本各地に見られる神話に 「山の背くらべ」 がある。
  立山と白山、富士山となにがしかの山の背くらべが代表格。
  単にケンカをする場合や、経緯は不明ながらどちらの方が高かったと示される場合、
  山頂に樋を渡して水を流し低い方を判定するなど。
 
  富士山と八ヶ岳では、長い樋を橋渡しにしての背比べがなされたという伝承がある。
  その結果、八ヶ岳の方が高いと判明し、立腹した富士山は八ヶ岳を殴り、
  八ヶ岳の首が折れて飛んでいってしまう。
  それにより、富士山が一番となった。
  換言すれば、昔の八ヶ岳は日本一高い、ひとつの山だったというお話。
  この二つの山に、姉妹の神をあてて、
  八ヶ岳に姉神、富士山に妹神を置くケースもある。
 
  慧音や咲耶姫の発言からは、以下の経緯である。
  富士山と、富士山と同じくらいの高さであった昔の八ヶ岳とが
  ある時背の高さを巡ってケンカになった。
  樋を山頂間に掛け水を流したところ、富士山の方に向かって水が流れ、
  富士山よりも八ヶ岳の方が高いと判明した。
  これに、富士山に宿る咲耶姫が憤慨し、八ヶ岳を砕いて低い山としてしまった。
  妹の性格に辟易した石長姫は八ヶ岳へと移り住み、
  その不変の力が離れたために富士山は不尽の煙を吐く事を止め、
  富士山は噴火活動を行なわなくなった。
 
  蓬莱の薬を自分の山で焼くことを拒絶した咲耶姫は、
  岩笠に対して、天、月に一番近い山で薬を焼くということならばと
  姉の住む八ヶ岳に行くよう勧めた。
  本来は富士山より高かった八ヶ岳であるため、
  見立てとしては富士山で焼くよりも相応しく、問題ないと言う。
 
  そして、現在。
  常識と非常識の結界が施された幻想郷。
  そこに聳える妖怪の山は、実は咲耶姫に砕かれる前の
  本来の八ヶ岳と思われる、と慧音は述べる。
  妹紅はその不尽の煙に見覚えがあったことに納得した。
 
  妖怪の山が煙を上げるようになったのは百年ほど前と本話冒頭にある。
  幻想郷の結界が張られたのもその頃である。
 
    参考
    「Wikipedia」 (八ヶ岳
    「日本の伝説」 柳田国男著、新潮文庫
    「怪異・妖怪伝承データベース」 (ヤツガタケ

 

 ・不老不死の恐怖は永遠の孤独。
 
  百年もすれば百年前の自分を知る人は居なくなる。
  千年もすれば千年前の自分を知る妖怪は居なくなる。
  大災害で周囲の生命が消去されるかもしれない。
  気候の大変動でほとんどの種が絶えるかもしれない。
  数十億年もすれば膨張した太陽が地球を飲み込む。
  宇宙に輝く数多の星々も永遠に燃える燃料を持ち合わせてはいない。
  宇宙は冷え、空間は拡がり、物質は拡散する。
  接する生命どころか、触れる事が物体がなくなり、宇宙は暗くなってゆく。
  暗黒の宇宙ではブラックホールが情報を吐き出し、
  気の遠くなるような時間をかけて蒸発していっても、
  永遠に量子と膜上を漂い続けなければならない。

 

 ・罪の意識にさいなまれる永い現実。
 
  不老不死の身を嘆き後悔した時、
  鎌首を擡げるのは不老不死に至るシーンのフラッシュバック。
  何にも恨みがなかったばかりか、
  救いの手を差し伸べてくれた男。
  心痛の底にあった人間を奈落へと蹴落とした凶行。
  感謝の気持ちを黒く塗りつぶした心の闇。
  精神を押し潰す、自らが作り出した幻覚の、呪い。

 

 ・そうだ、不老不死の私が退屈しないで生きていられるのは、宿敵がいるからじゃないか!
 
  というわけで、輝夜、ひいては輝夜との死闘は
  自身の存在を押し潰すネガティブを撃ち払う、
  生への活力であり、命よりも極めて重要。

 

 ・永遠亭の窓は他の幻想郷の建物とは異なり丸い窓をしていた。
  満月を表しているのだろうか。それとも月の都の建物はみんなこんな形をしているのだろうか。
 
  幻想郷では珍しい丸窓。
  月の都は大陸風建築が目立ち、永遠亭もその雰囲気を少し持つが、
  丸窓が大陸特有というわけではない。
  書院造りや数寄屋造りなどに用いられており、
  不老不死となった妹紅が千年以上もの間、
  建築や窓の形などに興味を示していなかったというだけであろう。
 
  しかし、月へのリンクを強調するかのような文章であり、
  東方的には意図の強い要素なのかもしれない。
  音楽CD 「蓬莱人形」 にも丸窓 (格子窓) が用いられており、
  同じ画像は妖々夢の咲夜ボムグラフィックにも用いられている。
  (咲夜ボム背景、参照)
  穢れのない永遠、蓬莱、時間は月に関係する重要ワード。(咲夜も?)
 
    参考
    「インテリア用語辞典」 (丸窓

 

 ・「……そうね。私達はもう永遠に地上の民なんだから」
 
  本話は、妹紅の昔のいろいろと、現在のいろいろの丸ごと対比。
  楽園のような幻想郷での暮らしにおいて、突如発生した不安は解消された。
  輝夜が地上を去ってしまう、妹紅が孤独に残される、
  その不安は杞憂であったと考えられた。
 
  とは言え、妹紅が自分自身のことばかりを考えていたのではない。
  自分が不老不死にならなかったならば、と想像すると、
  今頃は孤独な思いをしていたであろう不死の人間がいたであろうと思い描ける。
  妹紅が一人よがりの解釈をしているというよりは、
  定期的な死闘かその他モロモロを通して察したところなのであろう。
  輝夜が帰りたいのだとしても、それを止めたり何かを言える義理ではないし、
  という前提を妹紅が持っているのも、思うところがあってのものであろう。
  月ロケットに慌てた自分を顧みての心機一転か、
  幻想郷で長く暮らして気持ちが変化してきたものか。

 

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