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補遺1・風神録と長野 / 補遺2・風神録と静岡 / 補遺3・風神録と五行 / 補遺4・風神録と魔除

Acknowledgements & References

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霊山に風が吹く
 
 [タイトル]
 
 Stage5のタイトル。れいざんにかぜがふく
 妖怪の山の頂上。妖怪社会の最奥部は禍々しい雰囲気も無く、
 最近出現したという神社の境内が広がり、霊妙な風を届けるのであった。
 
 ・霊山
   「神仏をまつる神聖な山。霊地たる山。」
 
 神社があって神聖なだけでなく、神奈備、すなわち、
 そこで祀られる風神様の神体山でもある、霊山。
 風の神が吹かせる
 加えて、現人神と崇められた風祝の少女の遣う奇跡の
 少女の姓は東風谷である。
 
 通常、山から吹き下ろしてくる風は
 山風 (やまかぜ)、山颪 (やまおろし)と言うが、
 本タイトルは山に吹く風を指している。
 山風は山中の風を言うこともあるが。
 一方、山から吹き下ろす風に対し、日中、谷の冷たい空気が
 暖まった山の斜面を吹きのぼる風を谷風 (たにかぜ) と呼ぶ。
 植物を生長させる春の東風を穀風 (こくふう) と言うが、
 これは谷風 (こくふう) とも書かれる。
 ・谷風こくふう
   「1: 東風。こち。万物を生長させる風の意。
    2: 渓谷から山腹へ吹き上げる風。たにかぜ。」
 風神様の神徳として吹く風は、穀物含め万物の生長を助ける
 恵みの東風である。
 以上は東風谷の姓につながるとも考える事ができる。
 
 また、東方儚月抄にて、妖怪の山は富士山よりも標高の高い、
 伝承上の八ヶ岳が幻想入りしたものと明らかになった。
 そんな高高度に吹く風は、天つ風 (あまつかぜ)、高風 (こうふう
 といった、空の高いところを吹く風とも言えよう。
 高風は転じて、人の風格のすぐれた様、気高い風采を意味する。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (霊山、谷風、高風)
 「風の名前」 高橋順子、小学館 (山風、山谷風、谷風、穀風、東風、天つ風、高風)



守矢の神社
 
 [ステージ]
 
 Stage5。もりやのじんじゃ
 外の世界から、関係の深い湖ごと妖怪の山山頂に転移してきた神社。
 石畳の続く長い参道に、行く手を阻む青色の巫女。
 
  早苗 「此処は守矢の神社
      忘れ去られた過去の神社」

 
 東方における守矢は、神奈子が洩矢の王国を支配する際に
 原住民の支持を得やすいようにと、
 大和サイドの新しい神と土着の洩矢の神とを融合させた建前の神、
 対外的には建御名方神、王国の中では守矢とした神様の名である。
 
 「守矢」 は、諏訪の神話や諏訪大社に関連の深い守矢氏より。
 諏訪の神話によれば、古来諏訪地方を総べた土着の神は洩矢神であり、
 のちに諏訪に侵攻してきた建御名方神が洩矢神を破って支配したとされる。
 諏訪大社には建御名方神とその妃神の八坂刀売神が祀られている。
 諏訪大社の体制としては、建御名方神の子孫とされる諏訪氏が
 大祝 (おおほうり) という生き神の位に就き、
 洩矢神の子孫の守矢氏が神長 (神長官とも) という筆頭神官の位に就いた。
 古くは、大祝には成年前の幼児が即位したと言われ、一方、
 即位に当たっての神降ろしや呪術により神の託宣を得たり神に願うことは
 神長のみが持つ力とされており、諏訪の信仰と政治の実権は
 守矢にあったと考えられている。
 
 本作では、洩矢神が洩矢諏訪子に当たり、東風谷早苗がその遠い子孫である。
 諏訪で言う守矢氏に当たると言えよう。
 また、七十八代の神長守矢は守矢早苗氏である。
 
 守矢の神社と言えば、洩矢神を祀る洩矢神社 (長野県岡谷市) が想起される。
 こちらは直接、洩矢神としての洩矢諏訪子に関わる。
 また、諏訪大社の神体山である守屋山の南麓や山頂には守屋神社やその奥宮があり、
 それらの関係は守矢の神社 (Stage5) と本殿 (Extra) を思わせるが、
 こちらは飛鳥時代の有力豪族、物部守屋を祀る神社で、諏訪神話関連ではない。

 参考
 「キャラ設定.txt」
 「Wikipedia」 (洩矢神物部守屋
 「神長官守矢史料館のしおり」 茅野市神長官守矢史料館

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


洩矢神社
(著者撮影)



守矢の神社グラフィック
 
 
 
 石畳には、枝に咲いた花が描かれている。
 花びらの先が割れていることや、花やつぼみが細い花枝を介して房状に
 枝に付いていることから、石畳に刻まれているのはであると判る。
 (梅は、花枝無しに枝に花が付いている。また、花びらは丸い)
 
 さて、と言えば、である。
 諏訪大社下社秋宮の神楽殿が神奈子のスペル背景に使われており、
 本作全編も秋が支配しているが、それに対して、
 下社春宮春要素も敷かれているということかもしれない。
 
 他方、守矢の神社の巫女である東風谷早苗にも春要素が見出される。
 まず、その姓に含まれる東風とは東の風、特にに吹く東風を言う。
 また、風祝 (かぜはふり) という彼女の肩書きは、大祝などの、
 現在よく耳にする諏訪大社の体制には現れないものの
 諏訪の祭政体が古に据え置いたというその祝人が、平安時代のの詩に詠われている。
  信濃なる 木曽路の桜 咲きにけり 風のはふりに すきまあらすな (源俊頼)
 
 という語は、動詞の咲くに接尾語のラが付いた名詞が語源とされる。
 奈良時代から栽植されたが、当時は田の神が降臨する花として、
 信仰や占いの為に植えられたとされる。
 このことから、耕作を意味する古語のサ、または、神霊の意のサと、
 神の依りつく座としてのクラからサクラの語が成っているとする考えもある。
 この場合は特に、に山から里へ降りてくる稲の神が依り憑く座と言われる。
 また、例えば、池宮神社 (静岡県御前崎市) の桜ヶ池は、
 神社周辺の田園を潤す水源であり、砂浜にできた岩盤上に水がたまった
 堰止湖であることから、田の神がやどる清らかな神座、
 「さ座」 の意を持つ名称であると解されることがある。
 (諏訪(上社)七不思議の一つに数えられる葛井の池と底が通じているとされるのが
  遠州のさなぎの池であり、これが池宮神社の桜ヶ池のこととされる)
 
 山や神社全体が神の宿る座となり、
 風神・農耕神としての神徳で麓の豊穣に信仰を反映するか。
 
 ちなみに、早苗の名においてもまた、サは神稲の意である。
 したがって、神の座としての神社や春宮の要素から
 諏訪の神の坐す神社としてが描かれていると見る事もできるし、
 風祝である東風谷の早苗嬢のためにが描かれているとも見る事ができる。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (早苗)
 「Wikipedia」 (サクラ
 「縄文のメドゥーサ 土器図像と神話文脈」 田中基、現代書館
 「語源由来辞典」 (桜)
 「遠州の御櫃納神事」 癪ス典子、神道宗教197号(2005年):pp.79-95


友禅染の桜
(「日本の伝統文様コレクション300」
 より)


諏訪大社下社春宮の神楽殿
(著者撮影)



少女が見た日本の原風景
 
 [音楽]
 
 Stage5のテーマ曲。しょうじょがみたにほんのげんふうけい
  5面のテーマです。
  今回全体的に和風成分が濃いです。特に後半に行くほど和風です。
  この曲は他に比べると和風成分が少なめですが、懐かしく暗い感じの
  メロディとサビの疾走感は後半っぽい匂いがします。
  ゲームプレイと併せて聴くとより一層後半ぽいです(後半です)。
  それにしても守矢の神社、博麗神社より豪華そうだなぁ……。

 (神々の休憩所 より)
 
 ・原風景
   「心象風景のなかで、原体験を想起させるイメージ。」
 ・原体験
   「人の思想形成に大きな影響を及ぼす幼少時の体験。」
 
 ある人物の原風景と言った場合は、上に引用したように、
 幼少時などに印象深かった光景を連想させるものやその記憶などを指す。
 本曲名の様に、人物ではなく 「日本の原風景」 と言った場合は、
 今は失われたり見ることのできる機会が減ったような、
 「古き良き日本」 というイメージを想起させる光景を往々にして指すだろうか。
 本作のスタッフロール背景の写真が一般的な日本の原風景とも言える。
 太古から変わらぬ景色としての、聳える山岳、小川のせせらぎ、
 木々の葉のそよぎ、草原のささやき、穏やかな日差し、夕暮れの色彩、
 移ろいゆく雲、たおやかな風、雨粒のしたたり、虫の声、草いきれ、秋の薫り。
 主だっては、優しく美しい光景であり、四季折々の豊かな自然であろう。
 原風景としては人工物や人間の所為は含まれにくく、多くは自然そのものであるが、
 弥生の昔より根付いている稲作は、夏の青田やよく実った秋田など
 人々に好まれやすい風景であると言えよう。
 農事の暦、自然の流れに沿った営み、その中で雨と風と土の恵みを賜る。
 すべてが自然そのものであると言えるし、自然とともに人があるとも言える。
 風神の神徳と関連して、農耕要素が通底する本作であるため
 それらの光景をイメージするのがふさわしいだろうか。
 この場合は、早苗が幻想郷の人間の営みを見ての想起、
 あるいは、霊夢が風神様の神徳 (現人神の風) を見ての想起、といったところ。
 
 しかしながら、このような解釈はありふれているとも言える。
 諏訪湖の南方、諏訪大社上社北方には農地が広がり、現代でも
 初秋の夕刻にサイクリングでもすれば幻想的な光景が目に焼きつくし、
 諏訪大社から茅野へ東進し神原から南下する御射山の道を行っても
 八ヶ岳西麓の原風景に出会えるためである。
 そのような、現在の我々と同じ立ち位置であったと思われる東風谷早苗が
 それまでの世界を捨てて幻想郷に移ったのであるから、
 田舎らしい自然が広がる光景がどうこうというよりも、
 その目に映った、古き時代や幻想的な事物を今に残す幻想郷
 その光景こそが曲名の指す原風景ではなかろうかと思える。
 すなわち、自然とともにある人間、妖精とともにある人間、
 妖怪とともにある人間、神とともにある人間、
 それらをひっくるめた幻想郷の光景か。
 また、ここでは特に、神と人間との関わりが注目される。
 秋の神様は霊夢に限らず魔理沙にも見えているし、
 収穫祭で里にお呼ばれもしている。
 厄神は厄を回収し、別の神様に厄を受け渡して
 人々の平穏な生活の恒常性に寄与している。
 人と神との関わり合い、人間の自然に対する認識、古き日本の風景である。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (原風景、原体験)

 

 

 

 

 

 

 

 


北海道・ピンネシリ山
(「素材辞典 Vol. 63」より)



東風谷 早苗
 
 [キャラクター]
 
 Stage5のボス。こちやさなえ
 「祀られる風の人間
 一子相伝の秘術、口伝でしか伝えられていない奇跡を呼ぶ秘術を
 マスターしている人間である。
 元々は、彼女の祖先らは風の神様を祀る人間だったらしいのだが、
 秘密の多い秘術で雨や風を降らす奇跡を起こしているうちに、
 周りの人間は秘術を行う人間自体を信仰するようになっていった。
 つまり、風の神様が起こしていた奇跡を、いつの間にか
 人間が起こしていると勘違いし始めたのだ。
 それにより、彼女ら秘術を扱う人間は人間でありながら信仰を集め、
 神と同等の扱いを受けるようになった。現人神である。
 奇跡を起こす程度の能力を持つ人間の風祝。

 (キャラ設定.txt より)
 
 ・東風こち
   「(チは風の意)春に東方から吹いて来る風。ひがしかぜ。春風。こちかぜ。」
 ・早苗
   「(サは神稲の意)苗代から田へ移し植える頃の稲の若苗。玉苗。」
 ・現人神あらひとがみ
   「(神は隠身を常とするが、人の姿となってこの世に現れた神とすることから)
    天皇の称。あきつみかみ。あきつかみ。」
 ・風の祝かぜのはふり
   「風をしずめるために、風神を祭る神官。風の祝子(はふりこ)。」
 ・はふり
   「神に仕えるのを職とする者。普通には禰宜の次位で祭祀などに従った人。
    はふりこ。はふりと。」
 ・祝子はふりこ
   「「はふり」に同じ。また、巫女にもいう。」
 
 風祝かぜはふり) や一子相伝の秘術、そして現人神といった要素は、
 「守矢の神社」 の項にも紹介した様に、
 諏訪大社の体制や諏訪の伝承を元にした設定である。
 
 風祝という祝子は、諏訪の祭政体が据え置いたもので、
 平安時代に京の歌人がこれを詠み、その解説が袋草子に記されている。
  信濃なる 木曽路の桜 咲きにけり 風のはふりに すきまあらすな (源俊頼)
 (信濃の国は極めて風の早い所である。そこで諏訪の明神の社は
  風の祝という人を置いて、その人を、春の始めに百日間深い地下に籠らせ、
  潔斎させて、慎重に祀っている。そうすれば、その年の風はおだやかで
  農耕がうまくゆく。もしもその建物にすきまがあって日光が射し込んで、
  その風の祝がその光を見ようものなら、その年は強風で農耕はうまくゆかない。
  そういう意味である。
――『袋草子』現代語訳、「縄文のメドゥーサ」より引用)
 風祝については幾種かの見解があるものの、袋草子の解説は、
 新年を挟んだ春の始めに百日間、隔離された地下の暗室に陽光のタブーとともに
 三体の大蛇 (の作り物) を伴って物忌みする秘儀に相当し、大祝そのものに当たる。
 
 大祝は 「守矢の神社」 で前述の通り、
 建御名方神の子孫とされる諏訪氏が就いた位であり、
 洩矢神の子孫という守矢氏神長官という筆頭神官の位に就いた。
 大祝以下には、五官と呼ばれる、神長官を含む重要な神官がおり、
 神長官・祢宜太夫・権祝・擬祝・副祝がこれに当たる。
 (下社では、武居祝・祢宜太夫・権祝・擬祝・副祝)
 「諏訪大明神画詞」 には、「我において体なし、を以て体とす」 という
 諏訪明神の神勅が記されている。
 大祝は諏訪明神の神体であり、現世に顕現した神とも見做され、
 これが生き神あるいは現人神と大祝が称される由縁である。
 
 上述の様に、蛇の様に地下に籠り、風水の調節を占う御室の神事を経て
 現人神たる大祝は農耕神の神徳を発揮する。
 一方、大祝の即位に当たっての神降ろしや呪術を介して神勅を聴く事、
 神に願うことなどの能力は神長官が持つとされた。
 神長官が代々受け継いできた神事の秘法は、
 真夜中、明かりの無い祈祷殿において、一子相伝、口頭で伝承された。
 内容は、御室の神事の秘法を含む年内神事七十五度の秘法や
 大祝即位式、蟇目神事、諏訪薬なるものの製造法、守矢神長の系譜など。
 明治の世襲神職制廃止に伴い、七十六代守矢をもって永遠に絶え、
 七十八代の守矢早苗氏には伝わっていない。
 
 以上を踏まえ、東方Project においては、風祝とは、
 諏訪における古の風祝要素に、現在も伝えられている大祝要素と神長官要素とを
 融合させたようなもの、と考えれば良いだろう。
 また、後述するように、別の風神がこれに重ねて融合されているとも考えられる。
 
 
 東風谷の姓は、「霊山に風が吹く」 の項にも記したが、
 東風は東からの風、とくに春の東風を指す。
 また、同じく春の東風だが、植物を生長させる風という意で穀風 (こくふう
 あるいは、万物を生長させる風の意で谷風 (こくふう) という語がある。
 農作物の恵みにつながる、風神にちなむ、大祝が地下に籠る初春
 東や風や春や青色は五行思想において木行に相当、といったところが内包された名か。
 
 南米大陸アンデス高地部で見られる、自然のため池を利用した耕作方法を
 コチャ (qocha) と言う。農耕関係ということで注目されるか。
 また、インカ帝国で信仰された神で最重要の神の1つとされるのが
 文明の創造者、ヴィラコチャ (海の泡の意) である。
 同じくインカ神話に海と魚の神、ママ・コチャがある。
 いずれのコチャ (cocha) もを意味する。
 こちらは、開海スペル 「海が割れる日」 「モーゼの奇跡」 から注目される。
 神奈子と諏訪子の乾坤(天地)を考えれば、三者で陸海空かもしれない。
 
 早苗の名は、実際の第七十八代守矢家現当主、守矢早苗氏にちなむだろうか。
 一方で、実在の人名にちなんだのではなく、
 豊穣の神徳や諏訪の神事と農耕の関わりなど、
 ストレートに農耕要素からの命名と捉える事も出来る。
 蛇や蛙はしばしば田の神の遣いまたは田の神とされるなど
 稲作との関わりも深く、それらをアクセサリとして身に付けている事、
 早苗という神稲の意の名前、風神録全体での農事への通底など
 この要素は随分と大きく感じられる。
 
 諏訪の七不思議の一つに、御作田 (みさくだ) の早稲わせ) がある。
 上社と下社でそれぞれの七不思議を数える場合には、
 前者は本宮近くの藤島社近くの神事田、後者は下社御作田社の神事田を指し、
 六月末日の田植からひと月で神前に供することが出来たと言われる。
 早稲 (古くはワサと呼んだ) に呼応し、神稲の意の早苗とした、
 という命名ルートも考えられるか。

 参考
 「キャラ設定.txt」
 「広辞苑 第五版」 (東風、早苗、現人神、風の祝、祝、祝子、谷風)
 「Wikipedia」 (ビラコチャ神の一覧#インカ神話の神々
 「縄文のメドゥーサ 土器図像と神話文脈」 田中基、現代書館
 「諏訪市博物館常設展示ガイドブック」 諏訪市博物館
 「日本庶民生活史料集成 第二十六巻 神社縁起」 三一書房 (諏訪大明神絵詞)
 「神長官守矢史料館のしおり」茅野市神長官守矢史料館
 「諏訪大社」 諏訪大社発行のしおり
 「風の名前」 高橋順子、小学館 (東風、穀風、谷風)

 

 

 


大祝の御室神事
(「諏訪市博物館
  常設展示ガイドブック」 より)


大祝
(「諏訪市博物館
  常設展示ガイドブック」 より)


神長守矢家祈祷殿
(著者撮影)

 


ヴィラ・コチャ
(「Wikipedia」 より)


御作田社
(著者撮影)



早苗グラフィック
 
 1.アクセサリ

  ―― デザイン的には頭にも蛇も蛙もついているので、
     早苗は神様二人を敬っているように見えるのですが。

  ZUN いや、僕自身は意識していますけど、特にそういう意味はありません。
  ―― 自分も神だからですか?
  ZUN ですね。早苗は人間だけど一応神様というノリなんです。
 (「キャラ☆メル」vol.3、東方風神録インタビューより)
 
 髪留めのように頭頂部付近に留められている
 左側でまとめた髪に巻き付くかたちのについての言及である。
 ここでは、神奈子 () や諏訪子 () を敬ってのものではないそうである。
 ZUN氏の意識としては、神奈子と諏訪子の関連も含めたデザインだが、
 これらをアクセサリにしていることへの早苗本人の意識は異なるということになる。
 
 は古来から信仰対象になることが多く、
 原始的には、足の無いのに地を這う姿、男根に似た形状、
 とぐろを巻く形態変化、人間を一噛みで屠る不可思議な強さ、といったところから
 畏怖、崇拝の対象になったことは想像に難くない。
 それらに加え、人々が稲作を営む時代になると、
 野鼠による害が頻発しこれを問題視するようになったと推察されるが、
 その鼠の天敵であり、鼠を捕食するがやがて
 田の神として信仰されるに到ったのであろう。
 
 東風谷早苗の項で述べた御室神事も、の冬眠の様に光射さない土中に
 を模した三体の作り物とともに百日籠り、のちの豊作を占う神事であり、
 農事と蛇信仰 (あるいは、農耕神=蛇神) との関連が注目される。
 
 農事と蛇信仰との関係は、
 案山子カカシ) に対する考察でもしばしば取り上げられる。
 古事記においては、大国主神が正体不明の神に出会った時、
 クエビコという、歩くことが出来ないが天下のことは悉く知っている神が、
 これは少彦名神ですと明らかにした。このクエビコが山田の案山子とされる。
 ここに蛇の一種のヤマカガシも持ち出され、
 山から来て田を守る神であるカカシの本質はと言及がなされる。
 
 一方、大国主神や周りの神々はいきなりクエビコを呼んだのではない。
 クエビコなら知っているはず、とタニグク (ヒキガエル) が助言したから
 これを受けてクエビコを呼び寄せたのである。
 ここで、田の神の話にが関わってくる。
 実際に水田でよく蛙が鳴いていることもあってか、
 田の神と蛙もまた密接であり、蛙が田の神の遣いであるとされることもある。
 北関東の伝承では、蛙が田の神様のお供と扱われる。
 
 以上から、早苗 (神稲の苗) という神聖なる農耕を連想させる名に
 稲作で呼応して田の神や田の神の遣い、蛇と蛙が飾られたものか。
 もちろん、背景には諏訪の神話や神話と農事の関連も忘れてはならない。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (くえびこ、たにぐく、ヤマカガシ)
 「Wikipedia」 (田の神
 「蛇 日本の蛇信仰」 吉野裕子、講談社学術文庫
 「古事記」 梅原猛、学研M文庫
 「怪異・妖怪伝承データベース」>1720196, 1720197, 1140492


 2.御幣

 早苗が手に持っているのは御幣ごへい) である。おんべとも読む。
 神祭用具で、幣帛 (へいはく) の一種。幣束ともいう。
 白色または金銀、もしくは五色の紙を幣串に挟んだものである。
 現在は、両脇に紙垂 (しで) を伴った四角形の紙がよく用いられるが、
 はじめは早苗が持つ御幣のように、単に四角形の紙であった。
 もともとは神に捧げ奉るものであったが、やがて
 社殿奥に立てて神霊の依る御正体として、神前に供える装飾として、
 あるいは、参拝者に対する祓具として用いられるようになった。
 
 ここでは、風神の清めの風としての祓えの具、
 または、清めの力を持つ神の依代を表すか。
 
 御幣の棒に巻きついている白い長いものは不明。
 このようなタイプの御幣もあるのだろうか。
 オリジナルのデザインであるとすれば、白い長いものという意匠に
 何らかの意味が付与されていると思われる。
 例えば、時に神聖視される蛇の中でも白蛇は神の象徴として
 白蛇伝説や白竜伝説が伝えられる他、
 白い布白い髭は神々がこれを伝って降りるとされ、
 祀られることもあったと言われる。
 大庭祐輔は 「竜神信仰――諏訪神のルーツをさぐる」 にて、
 伊勢の白蛇伝説やしろんご祭に着目するとともに、
 伊勢の神の一、長白羽神に注目している。
 
 長白羽 (ながしらは) 神は、「古語拾遺」 における日神の石窟幽居の際、
 青和幣 (麻でつくった神への捧げ物) を為した神で、
 伊勢国の麻績氏の祖であり、羽は身を覆うものを言う。
 長白羽は長い白い布と解される。
 伊勢と諏訪とは、時にその間のつながりが民俗学上の題材となっており、
 例えば、「伊勢国風土記逸文」 では記紀神話の 「国譲り」 を連想させる記述において
 天日別 (あめのひわけ) 神が伊勢の国津神・伊勢津彦神を信濃国に追放した。
 また、例えば、「諏訪旧蹟誌」 の記述では、
 「諏訪下社の祭神である八坂刀売命の父神は、伊勢の八坂彦命であり、
  別名を長白羽神、あるいは天白羽命とする
」 というものがある。
 長白羽神天白羽神と言えば、全国、特に伊勢志摩以東の
 東国に分布する天白社の起源をこれらに求める考えがある。
 天白社の分布は東国の中でも長野県が圧倒的であるとされ、
 特に天竜川流域やその周辺に集中しているとされる。
 また、天白神は、諏訪大社における大祝の即位式祝詞に現れる他、
 諏訪や伊勢の神楽歌にその名が上がる。
 天白神は、天白羽神からの派生とする他には、
 太白星と天一星の合成といった陰陽道の星神からきたとする説や
 風の神と見る柳田國男の説、治水農耕の神祓えの神という説などがある。
 
 以上を踏まえると、東風谷早苗に天白神の要素が盛り込まれているとも言える。
 天白神の起源として、天白羽神・長白羽神の要素は御幣の長くて白い布(または髭?)、
 風の神の要素は風祝にすんなり融合、しかも神風に縁深い伊勢とのつながりもあり、
 神楽歌に歌われては祓えにも関係し、星神の要素は五芒星弾幕や星の儀式スペル、
 といった具合である。

 参考
 「Wikipedia」 (天白信仰
 「【縮刷版】神道事典」 弘文堂 (御幣、幣帛)
 「竜神信仰――諏訪神のルーツをさぐる」 大庭祐輔、論創社
 「古語拾遺」 斎部広成撰、西宮一民校注、岩波文庫
 「東北伝説」> 千時千一夜過去ログ本文 > 101, 103


 3.衣装

 服の青色、髪の緑色はともにである。
 (青信号、青葉、青田など、緑色をも意味する青)
 五行思想の木行のである。
 同じく木行には東風谷のも相当する。
 一方で、青色と緑色の二色が用いられているのは
 若い苗の緑と風のイメージの青であろうか。
 
 主にスカートに見られる文様は、閉じた扇の散らし文である。
 扇の文様が使われた理由は、風を起こす道具であるためであろう。
 これは文のスペカ背景と同じ理由となる。
 開いた扇と閉じた扇が文と早苗で使い分けられているのは、
 突風などの荒々しい風と豊穣をもたらす穏やかな風の違いも示唆するか。
 扇はまた、祭具として、悪しきものを祓うと解釈され、
 こちらもシナトベなど風神の祓えの風にも通ずると考えられるし、
 舞踏に使われる扇という観点では巫女の神楽舞も想起される。
 あるいは、末広がりで、めでたい。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (青、扇)
 「蛇 日本の蛇信仰」 吉野裕子、講談社学術文庫

 

 

 


大祝の御室神事
(「諏訪市博物館
  常設展示ガイドブック」 より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


龍田大社 末社・白龍神社
(著者撮影)

 

 

 

 


扇散らし文
(「日本の伝統文様コレクション300」
 より)



早苗スペル背景
 
 1.動
 
 刻々と色調を変化させつつスクロールする文様は、
 破れ七宝やぶれしっぽう) である。
 同じ大きさの円の四隅に四個の円を重ねて繋いでゆく文様が
 七宝繋ぎしっぽうつなぎ) と呼ばれ、
 七宝繋ぎを部分的に使い、破れたような文様が破れ七宝である。
 七宝繋ぎはまた、輪違い文、四方襷 (しほうだすき)、
 十方 (じっぽう) とも呼ばれる。
 
 仏教で言う七宝は、金・銀・瑠璃・玻璃・珊瑚・瑪瑙・硨磲の
 七つの宝物だが、この文様が七宝と呼ばれることとの関係は不明とされる。
 文様の円形は円満を表すということで、吉祥文様としてのイメージが定着、
 宝尽くしという文様に含められるようになった。めでたい。
 諏訪でと言えば、特に諏訪の神事に多くまつわる七不思議
 あるいは、大祝が諏訪の明神を降ろして廻る神籬としての七石七木がある。
 
 あるいは、七宝の文様名と仏教用語の関連の不明さを、
 七宝文は十方がなまったものと捉え説明する向きもある。
 十方とは東西南北の四方と、北東・北西・南東・南西の四隅、さらに上下
 すなわちあらゆる場所・方角を言う。
 この十方を考える場合は少し難しくなるが、
 別の項でも触れる要素もあるため以下に記す。
 風神録の風神という点と、早苗が風の祝、巫女という点から
 特に祓えとしての風に着目し、祓えを掘り下げてみる。
 
 平安時代に隆盛した陰陽道、その祭祀の大規模な物に
 四角四堺祭しかくしかいのまつり) がある。
 首都への穢れの流入を防ぎ、内部の穢れを外に追い遣る結界である。
 宮城の四隅を祓い清める四角祭と、都の四境を護る四堺祭。
 四つの辺と四つの隅で区切られた四角い結界である。
 四隅は艮・乾・巽・坤の北東・北西・南東・南西であり、
 四辺は東西南北である。
 この空間の区切りは、神社境内の四隅に御柱を立てる諏訪の特色と合わせて
 本作、風神録の考察をする上では非常に興味深い。
 (エクスパンデッド・オンバシラの項や補遺の魔除けについてでも触れる)
 四角四堺祭については京極夏彦の 「魍魎の匣」 を参考にしたが、
 同作には、墓の四隅に鉾を撃って鬼を撃退する方相子の話に続いて
 四角四堺祭が語られ、次いで、東西南北+中央の五方を踏み鎮めるという
 呪術的な身体技法の反閇、そして、悪切と呼ばれる四方固めが例示される。
  ――東方、木難消滅、木の御祖、句句廼駆
    南方、火難消滅、火の御祖、軻遇突智
    西方、金難消滅、金の御祖、金屋子彦
    北方、水難消滅、水の御祖、罔象女
    中央、土難消滅、土の御祖、羽根屋須姫
    王龍、風難消滅、風の御祖、級長津彦

  (略)「王龍とはもうひとつの中央のことで、これは色色な受け取り方が
  出来ますが、例えば陰陽五行思想にある二土 (にど)、つまり中央を
  二度巡ると云う考え方に即していると考えてもいいし、中央が床であるのに対して
  王龍は天井であると見立てることも出来る。」

 四隅の御柱で四角四堺祭、五芒星の弾幕で五方を鎮める呪術
 そして、天地二つの中央、乾坤の神奈子と諏訪子をもって
 八方位+中央・王龍の十方、という具合となる。
 関連は不明。

 参考
 「日本・中国の文様事典」 視覚デザイン研究所
 「日本の文様図典」 紫紅社
 「魍魎の匣」 京極夏彦、講談社文庫

 
 2.静

 一方で、固定画像で動かない方の背景は菊水文様である。
 秋草を代表する花であるを題材としたもの。
 正円の中で文様化された菊の花弁は太陽にも似て
 独特の呪術性を帯びた造形美として愛されてきた。
 この文様は流水に菊の花が浮かべられ、
 菊を浸した不老長寿の水という説話を象徴する。
 不老長寿・延命長寿のめでたい文様。
 
 秋の花であることから、守矢の神社の桜のグラフィックを踏まえれば、
 両者合わせて、諏訪大社下社春宮同秋宮という示唆だろうか。

 
 めでたさや秋宮以外の含意があるとするならば、
 皇室の紋章として有名な菊を含む文様という点か。
 大祝の始祖、諏訪有員 (ありかず) は
 大祝系図にて桓武天皇の子とされる。
 または、「現人神」 が天皇も意味することからか。
 
 菊水文様に重なって点で描かれた文様があるが、詳細は不明。
 幾種かの動物が描かれているが、十二支文だろうか。
 この文様は文のスペル背景にも用いられている。
 扇と同様、風を起こす風神と風祝のリンクだろうか、
 深読みすれば、天八衢から伊勢へ至ったサルタヒコと
 伊勢から諏訪へ至った天白神あるいはイセツヒコのリレーだろうか。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (現人神)
 「日本の伝統紋様CD-ROM素材250」 中村重樹、エムディエヌコーポレーション
 「縄文のメドゥーサ 土器図像と神話文脈」 田中基、現代書館


破れ七宝
(「素材BOOK 日本の文様」 より)

 

 

 

 

 

 

 


菊水
(「日本の伝統文様コレクション300」
 より)



早苗通常弾幕
 
 早苗通常弾幕やスペル弾幕で印象的な、五芒星について。
 これには色々と考えられるため、それらを記してゆく。
 これらのいずれか1つまたは複数が実際に意図されているかもしれない。

 1.大祝
 
 早苗の重要な諏訪関連要素の一つ、大祝
 の字は魔除けである。
 ・綾子
   「(×印のことで、魔除けのしるし) 生れた子を初めて宮参りさせるとき、
    額に鍋墨か紅かで魔除けとして「×」「犬」「大」などのしるしを書く風習。」
 ×、犬、大の字は強力な魔除けであり、犬や大という文字は☆印に似る。
 (補遺:風神録と魔除けも参照)

 2.五官
 
 五芒星のという要素だけを抜き出せば、
 大祝とともに重要な神官である、神長官・祢宜太夫・権祝・擬祝・副祝の
 五官が想起される。

 3.晴明判
 
 東方妖々夢の橙スペルでおなじみ、
 有名な陰陽師、安倍晴明が用いた五芒星の紋であり、
 強力な魔除けである。
 ドーマンセーマンのセーマンと見れば、伊勢への関連ともなり、
 また、東方地霊殿ではドーマンすなわち九字にちなむスペルを使う事にも符合する。

 4.陰陽五行思想
 
 安倍晴明の陰陽道とも重なるが、特にその方位との関わりから
 方位魔術として見た際の祓えという点で、
 詳細は前項に述べた四角四堺祭五足反閇四方固めの部分に当たるが
 これらの要素が重要に結び付くとも考えられる。
 蛇足ながら、各ボスを各方位に関連付けようとしたのが
 補遺の 「風神録と五行」 である。

 5.三位一体
 
 すでに東方Project では漫画展開の東方三月精で
 日月星の三精に基づく三位一体があるが、これを風神録のラスボス周り、
 早苗・神奈子・諏訪子にも考えることが出来る。
 神奈子 … 天候神・農耕神の性質や身に付けた鏡、蛇の輝く目 → 太陽
 諏訪子 … 土着神や坤(地)の性質(=陰)、中国神話で月に蛙が住む →
 そして、早苗がというわけで、三位一体の一つが形作られる。
 天地人、陸海空、日月星。
 三位一体の三倍掛けが施されているだろうか?

 6.星神
 
 早苗グラフィックの項で触れた天白神は陰陽道の星神ともされる。
 一方、サモンタケミナカタの建御名方神は古事記において
 葦原中国平定を務めた建御雷神に服従しなかった神である。
 建御名方は日本書紀には登場しないが、同じ様な位置付けで、
 武甕雷神に最後まで服従しなかったのが星の神、香香背男 (かかせお)、
 別名、天津甕星 (あまつみかほし)、天香香背男 (あめのかかせお) である。
 建御名方は星神ではないが、東方的には名目上の神様だし、
 記紀の重ね合わせで星神となるのも許容か。
 スペルの項で後述するように、
 これらの他にも星信仰が関係している可能性もある。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (綾子)
 「帝都物語 第壱番」 荒俣宏、角川文庫
 「【縮刷版】 神道事典」 弘文堂 (ホシノカミカカセオ)



信仰は儚き人間の為に
 
 [音楽]
 
 東風谷早苗のテーマ。しんこうははかなきにんげんのために
  東風谷 早苗のテーマです。
  一気に金属分が増した感じですが、これは重くしようとするとつい
  うっかりやり過ぎてしまう私の癖です。てへ。
  メロディにしても何にしても今回のゲームではこれが一番重めです。
  ここから先は一気に明るくなって、最後は気が抜けるぐらい……。
  強い奴ほど緊張感が無いのが、幻想郷ではお約束。

 (神々の休憩所 より)
 
  しかし、外の世界は大きく様変わりしていた。
  神徳の多い神様でさえ信仰する人間が激減していた。

  (中略)
  早苗は別に信仰がなくても、普通の人間として生活できるから
  問題はなかったのだが、早苗が祀っている神様、神奈子はそうはいかなかった。
  神様は信仰を失うと力も失う。神徳も出せなくなる。
  それは神の死に等しい。

 (キャラ設定.txt より)
 
  早苗 「これは幻想郷の為でもあるのですよ
      今の信仰心が失われた状態が続けば、
      幻想郷は力を失います
      奇跡を起こす力を失うのです」

 
 神様の力は信仰の力である。
 農耕神の神徳により風害・水害・冷害は避けられ、
 水と大地と天候の恵みを人々は得てきた。
 しかしながら、科学技術の発達で人々は苦難に打ち克てるようになってきた。
 開拓・開墾・治水灌漑・田起こし・代搔き・田植え・稲刈りといった作業は
 機械の導入により格段に効率化され、化学肥料や農薬により稲の生育は促進される。
 自然災害に見舞われることもあるが、流通の発達により
 不作もフォローできる体制が整ってくると、やがて農耕神は忘れられていった。
 人々の記憶から神が消えると、その社の維持も為されず朽ちゆくばかりで、
 史跡や文献も損なわれればその神固有のアイデンティティすら保てないであろう。
 信仰の枯渇がやがては神の死に等しくなる。
 神徳を自力セールス活動で振りまいて信仰を得ても、それはもはや元の風格は無く、
 そもそも現代ではその信仰の土台である人々の精神基盤が変容している。
 そこで案じた一計は、精神基盤が昔ながらの幻想世界へと移り住み、
 いったんリセットされてしまう信仰を地道な営業活動で盛りたてようというものだった。
 
 早苗の能力は 「奇跡」 だが、こちらも神の力と類似性が伴う。
 ・奇跡
   「(miracle) 常識では考えられない神秘的な出来事。既知の自然法則を超越した
    不思議な現象で、宗教的真理の徴と見なされるもの。」
 人知を越えた現象の中で奇跡と呼ばれるものはしばしば神の力とされ、
 宗教と結びつくことが多く、信者にメリットをもたらす、
 あるいはそう期待させるものである。
 少なくとも異教徒にメリットとなるようなことを奇跡とは呼ばないように、
 一般的に用いる奇跡という語も多分に信仰、信条などに基づく主観に偏る。
 奇跡と言えば、特にキリスト教を挙げることができるが、
 中でも代表格、キリストの復活の奇跡などの蘇生譚は
 同時に最も中心的な信仰内容である。
 信仰は、奇跡を起こす。
 裏を返せば、信仰が無ければ奇跡は起こらない。
 信仰が無ければ、「普通の人間」 である。
 
 ・儚い
   (ハカは、仕上げようと予定した作業の目標量。
    それが手に入れられない、初期の結実のない意)
   「これといった内容がない、とりとめがない。手ごたえがない、
    しっかりしていなくて頼りにならない。物事の度合などがわずかである、
    ちょっとしたことである、かりそめである。あっけない、あっけなくむなしい、
    特に人の死についていう。粗略である、みじめである。
    しっかりした思慮分別がない、あさはかである。」
 
 儚い人間は、災害や気候不順に左右され、十分な実りを得ることが出来ない。
 食いつないでいく分の収穫を得、自然の中で平穏な生活を営むには
 農耕神の神徳は欠かせない。神徳には信仰が欠かせない。
 信仰は儚き人間の為に。
 神々に親しみを持つ事は人間自身の為になり、
 人間生活の豊かさに信仰は大きな寄与をする。
 また、満ち足りた人間であっても、その信仰を維持する事は
 儚い人間の為にも有益である。
 自然と共にある、人間全体の社会。
 
 とか、そういうところかなぁー。

 参考
 「キャラ設定.txt」
 「広辞苑 第五版」 (奇跡、儚い)
 「Wikipedia」 (奇跡復活

 



秘術 「グレイソーマタージ」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。
 Easy, Normal にて使用。
 自機依存正方向に赤小弾列で構成された小さな星を、
 自機依存逆方向に青米弾列で構成された中程度の星を形成する。
 その後、星型の弾列は5つずつに分裂し、画面に大きく展開、
 変形を経て散開し襲い掛かる。
 
 ・gray
   「灰色の。青ざめた。白髪の。曇った。陰鬱な。高齢の。古代の、太古の。
    中間的な。特色のない。」
 ・thaumaturgy
   「魔術、奇術」
 ・秘術
   「秘して人に表さない術。奥の手。」
 
 Gray Thaumaturgy.
 「古代魔術」
 諏訪信仰の源流ははるか昔まで遡る。
 諏訪の生神・大祝と神官たちの祭祀体制が確立されたのも
 大祝の始祖が平安時代初めの桓武天皇の子孫とする系図から平安時代
 あるいは、実際の成立は7世紀中頃に遡ると見る説もある。
 奈良時代には建御名方神が諏訪に逃げ込む描写のある古事記が編纂され、
 諏訪地方土着の精霊信仰に見られるいくつかの神 (モレヤ、ソソウ、チカトなど) が
 律令制下でミシャグチ神=諏訪の神として一つにまとめられたと見る向きもある。
 精霊神を扱う秘術まで遡ると、本当に遥か古代まで遡上しかねないが、
 守矢氏の手になる諏訪の神を扱う秘術となれば
 遅くとも奈良・平安の頃が始まりと見て支障無いだろうか。
 なお、日本史で言うところの 「古代」 は、時に大和朝廷時代を含め、
 一般に奈良・平安時代を指す。
 
 そして、神長守矢は代々、一子相伝の口伝により歴史を伝えてきたと言われる。
 神長守矢氏の系譜は祖先神の洩矢神から連なる七十八代に及ぶとされ、
 明治時代の激変に直面した七十六代目に至るまで口伝が続いたとされる。
 筆頭神官の位に就いた守矢氏のみが、諏訪の祭祀において
 生神である大祝の即位に当たっての神降ろしや
 呪術により神意を得たり祈願をする力を持つとされ、
 歴史と共にミシャグチ神を祀る祭祀の秘法も伝えられたようだ。
 伝承された内容は、年内神事七十五度の秘法、大祝即位式の秘法、
 蟇目神事法、諏訪薬の製造法、守矢神長の系譜などとされる。
 
 一年に七十五度の神事があり、その一つの御頭 (おんとう) 祭では
 七十五頭の鹿の首などが献じられたとされる。
 また、古代より代々受け継がれた祭祀という観点では、
 洩矢神から七十六代の神長守矢に至るまで
 (最大)七十五回の口伝があったと見る事ができる。
 
 七十五という数は、五角錐数である。
 五角錐数とは、球を1段目に1つ、2段目に5つ、3段目に12個…と
 正五角錐の形に積んだ時の球の総数にあたる数を言う。
 小さい方から順に、1、6、18、40、75、126、196…という具合で、
 75 は五番目の五角錐数である。
 星5つを2セット展開する本スペルと関連するか。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (秘術、古代)
 「SPACE ALC」 (gray, thaumaturgy)
 「Wikipedia」 (75四角錐数
 「Wikipedia(英)」 (Pentagonal pyramidal number)
 「常設展示ガイドブック」 諏訪市博物館
 「神長官守矢史料館のしおり」 茅野市神長官守矢史料館



秘術 「忘却の祭儀」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。ぼうきゃくのさいぎ
 Hard にて使用。
 グレイソーマタージの上位版。
 青小弾列で構成された大きな星が追加されている。
 
 ・忘却
   「すっかり忘れること。」
 ・祭儀
   「神仏などを祭る儀式。」
 
 一子相伝の口伝により七十六代守矢実久まで伝わった秘法は、
 そのごく一部が七十七代守矢真幸に受け継がれ、それも七十七代で終焉を迎えた。
 守矢家は秘伝を口伝え、諏訪の信仰とともに長い歴史を紡いできたが、
 明治4年、神職の世襲が廃止されたことを受けて、神長の祭祀は忘れ去られていった。
 
 早苗は 「一子相伝の秘術、口伝でしか伝えられていない奇跡を呼ぶ秘術」 を
 マスターしているので、早苗の代までは少なくとも伝承されているようだ。
  早苗 「私は風祝(かぜはふり)の早苗
      外の世界では絶え果てた現人神の末裔」

 東方の場合は、早苗が幻想郷に引っ越したために
 諏訪の祭儀失われたということか。
 しかし、そう解釈するには違和感の残る表現でもある。
 人間宣言で既に幻想と化して絶え果てた現人神としての天皇と
 それに絡む伊勢の祭祀も関係しているだろうか。
 
 先に述べた75については、今度は75を素因数分解して3×5×5と見れば、
 五芒星5つが3セットの本スペルと符合するが、牽強付会か。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (忘却、祭儀)
 「Wikipedia」 (国家神道#国家神道に関する年表
 「神長官守矢史料館のしおり」 茅野市神長官守矢史料館
 「天皇の祭り」 吉野裕子著、講談社学術文庫



秘術 「一子相伝の弾幕」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。いっしそうでんのだんまく
 Lunatic にて使用。
 忘却の祭儀の上位版。
 弾量が増強される。
 
 ・一子相伝
   「学術・技芸などの奥義をわが子の一人だけに伝えて他にもらさないこと。」
 
 「グレイソーマタージ」 ならびに 「忘却の祭儀」 を参照。
 
 一子相伝と言えば、漫画 「北斗の拳」 における
 一子相伝の暗殺拳、北斗神拳が想起される。
 北斗七星や死兆星といったの扱いも印象的である。
 東方においては北斗神拳の究極奥義・無想転生をもじったスペル・夢想天生がある。
 関連は不明。
 
 なお、諏訪大社上社本宮と守矢史料館の中間地点に北斗神社が鎮座している。
 天御中主命を祀る社とされ、天の中心に位置するの神格、
 泰一太一) とも関連しているようだ。
 古代中国天文学の天の中央、北極星が太一であり、
 全てを総べる天帝の宮として、あるいは北極星そのものが神霊化されたものも含まれる。
 道教の宇宙論における原始、太極ともみなされる。
 日本では、原初の神である天御中主
 最高神の天照大神が太一と同一視されることが多い。
 ここではとの密接さを切り出すべきか。
 これまでの項で触れてきたし、別のスペルに後述するが、
 太一天白神伊勢といったところにも関わってくる。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (一子相伝)
 「Wikipedia」 (太一
 「諏訪大社と諏訪神社」>御柱風景 >北斗神社、北斗神社(泰一社)


北斗神社
(「諏訪大社と諏訪神社」 の
 御柱風景より、北斗神社



奇跡 「白昼の客星」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。はくちゅうのかくせい−きゃくせい−きゃくしょう
 Easy, Normal にて使用。
 早苗からは特殊軌道の青棘弾が固定パターンで放射される。
 また、早苗から自機照準で光弾が発射される。
 早苗の左右にはレーザー源が設置され、これらは
 互いに逆回りに砲塔を巡らせつつレーザーブレードを連射する。
 
 ・客星かくせい、きゃくせい、きゃくしょう
   「[史記天官書] 恒星に対していう星で、一定の所に常には見えず
    一時的に現れる星。彗星・新星など。」
 
 天球上で互いの位置を変えない星が恒星であり、通常の星である。
 天球上を動き位置を変えるのが惑星である。
 客星は突如出現し一時的に輝いて、やがて見えなくなる星である。
 彗星、新星、超新星といった天体が客星に該当する。
 現代の観測技術やデータの蓄積から、現代ではこれらを区別可能であり、
 個々の現象・天体として表すため客星という表現は為されないが、
 古代、観測機器を用いない観測においてはこれらを恒星と区別した総称で表していた。
 
 彗星は長い楕円軌道を描いて太陽系を周回するため、
 太陽に近い位置では明るさが増すことで観測される。
 彗星を構成する氷や塵が太陽風で吹き飛ばされ、それが太陽光で輝いて
 特に大彗星などははっきりとした尾を引く事で彗星と認識される。
 この場合は客星とは区別されて表されたことは推測に難くない。
 突如現れてやがて見えなくなることで客星と呼ばれた星の中には、
 肉眼では尾が目立たなかっただけの彗星も含まれたと考えられる。
 
 新星は文字通りの新しい星を指す用語ではない。
 白色矮星と普通の星との連星系に見られる現象である。
 白色矮星とは、太陽程度の星が燃料を使い果たし、赤色巨星を経て
 外層が吹き飛んで残った核であり、重力収縮して形成される際のエネルギーを
 光として放っているだけの、やがて冷えゆく天体である。
 この白色矮星が普通の星と隣り合った連星系では、
 普通の星の外層が白色矮星へと落下し、ある程度ガスがたまった際に
 突如核融合反応が再開されて明るく輝くことがある。
 これが新星のメカニズムである。
 主星が元々輝いている連星系での現象あるため、
 余程明るい新星であっても、せいぜい増光が認められる程度ではないかと思われる。
 「客星」 と表現されるには至らないものと推測される。
 
 一方、1930年代までは新星と区別されていなかった現象に超新星がある。
 大質量星の終焉は上述の白色矮星よりも劇的で、中心核が爆縮して
 中性子星やブラックホールといった高重力場を残す一方で、
 外層部はその星がその一生の間に放出してきたエネルギーと等しい量のエネルギーを
 一瞬にして放ちつつ吹き飛び、その大増光は別の銀河の星々の中であっても観測される程。
 光度は距離の二乗に反比例して弱くなる。
 客星として捉えられる超新星爆発は天の川銀河内での現象であったろうし、
 出現位置の記録や現代でも見出される超新星残骸からその事実が特定される。
 
 以上より、「白昼の客星」 として注目されるのは彗星または超新星である。
 彗星の例で言えば、2007年1月に近日点を通過してマイナス6等台まで増光した
 マックノート彗星が白昼にも肉眼で観測されている。
 超新星の例は特に劇的に明るいものについて記録が残されており、
 これについては後述する。
 「The Grimoire of Marisa」(一迅社) 中で、「白昼の客星」 に対して
 「ガンマ線なんちゃらがどうとか」 との備考があり、
 ZUN氏は超新星の方を意識していた事がうかがえる。
 天文現象としての 「ガンマ線バースト」 は、超大質量星の超新星爆発、
 すなわち極超新星爆発に伴うガンマ線の大放出と考えられている。
 
 諏訪大社の上社七不思議ならびに下社七不思議に 「穂屋野の三光」 がある。
 (内容の多くが重複する諏訪の七不思議には穂屋野の三光は無い)
 御射山社祭の折、太陽と月、の三つを同時に拝むことができた、
 とされる現象である。なお、御射山社は上下両社にそれぞれある。
 太陽が出ているから白昼であるが、星が客星とは限らない。
 彗星や超新星がポンポン出現するわけもなく、
 それらを除いた天体と言えば、金星が挙げられる。
 最大光輝で太陽からの離角も十分ならば日中に肉眼で見えなくもないと言われる。
 
 諏訪の伝承にかすってはいるが、スペルとしての主体は諏訪に関係せず、
 天文史に残る、数百年〜千年に一度クラスの奇跡といったところ。

 参考
 「The Grimoire of Marisa」 ZUN著、一迅社
 「広辞苑 第五版」 (客星)
 「Wikipedia」 (彗星新星超新星マックノート彗星ガンマ線バースト
 「諏訪大社」 諏訪大社発行のしおり
 「140億光年のすべてが見えてくる 宇宙の事典」 沼澤茂美、脇屋奈々代著、ナツメ社
 「AstroArts」>天体写真 >旧画像ギャラリー >2007年 >マックノート彗星 > 4
 「宇宙のポータルサイト UNIVERSE」>最新宇宙ニュース:2003年 >5/22

 

 


白昼のマックノート彗星
(「アストロアーツ」ギャラリー より)

 


銀河NGC4526に出現した超新星
(「Wikipedia」 より)



奇跡 「客星の明るい夜」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。かくせいのあかるいよるきゃくせいの−
 Hard にて使用。
 白昼の客星の上位版。
 青棘弾は無いが、レーザーブレードが画面左右端で一回反射する。
 
 肉眼で観測され記録に残された客星の中で超新星またはそう推測されるものは
 20程あるとされるが、超新星残骸の観測から超新星と確定したものは8個程に過ぎない。
 他銀河の観測結果から、1つの銀河内での超新星爆発発生頻度は
 数年に一度程度と考えられているものの、距離や爆発規模の関係、
 星間ガスによる遮蔽などから、実際に地球上で肉眼での観測が
 可能となるような超新星の頻度は200〜300年に1個程度となったと考えられる。
 白昼に観測可能であれば視等級マイナス4等の金星以上の明るさが求められるが、、
 そのような客星ともなると、距離や規模の条件からさらに頻度は低くなる。
 該当の客星は以下の4例である。
 ・185年にケンタウルス座に出現し、中国の 「後漢書」 に記録のある SN 185
  最も明るい時で金星より明るく輝いたと考えられ、夜空には8ヶ月間輝いた。
  超新星観測記録の最古の例である。
 ・1006年におおかみ座に現れた SN 1006 は、太陽と月を除けば
  観測史上最も視等級が明るくなった天体とされ、世界各地に記録が残る。
  その光は夜に影が落ちるほどの明るさで、時には昼間にも見えたとされる。
 ・1054年におうし座で輝いた SN 1054 は歴史上最も有名な超新星とされる。
  世界各地広い範囲で観測記録が残り、中国の古書や日本の 「明月記」 にも
  記されている。(後者は著者の藤原定家が誕生前の観測例を伝聞を元に記したもの)
  記述によれば、この客星は22ヶ月間夜空に輝き、23日間は昼間でも見えたとされる。
  SN 1054 の残骸は、かに星雲として知られる。
 ・ティコ・ブラーエが詳細に観測し、ティコの星として知られるのが、
  1572年にカシオペヤ座に見出された SN 1572 である。
  金星くらいの明るさで、昼間に見えた事もあるとされる。
 
 観測例が残ることと、かに星雲としての残骸が認められることなどから、
 SN 1054 は特に超新星爆発の代表例として、ホーキングの著書など
 宇宙論の本などでもしばしば記述されている。
 何よりも、白昼でも見える星というインパクトは、文章で表すだけでも非常に大きい。
 夜にも読書ができるほど明るかった、という表現もよく見出される。
 
 白昼の客星は五百年に一度の奇跡、特に、極めて明るい例ともなれば
 SN 1006 と SN 1054 の2例となり、千年に一度クラスの奇跡である。

 参考
 「Wikipedia」(超新星SN 185SN 1006SN1054SN 1572
 「Wikipedia(英)」 (History of supernova observation)
 「140億光年のすべてが見えてくる 宇宙の事典」 沼澤茂美、脇屋奈々代著、ナツメ社
 「宙の名前」 (ティコの星) 林完次著、角川書店
 「ホーキング、宇宙のすべてを語る」S.ホーキング、L.ムロディナウ著、ランダムハウス講談社


かに星雲 (SN 1054 超新星残骸)
(「Wikipedia」 より)



奇跡 「客星の明るすぎる夜」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。かくせいのあかるすぎるよるきゃくせいの−
 Lunatic にて使用。
 客星の明るい夜の上位版。
 光弾の発射間隔が短くなる。
 
 極めて明るい超新星爆発、白昼の客星であった SN 1006 や SN 1054 は、
 その残骸が地球から約7000光年の距離に認められている。
 光度は距離の二乗に反比例して弱くなるため、
 これら天体の10分の1ほどの距離での同規模の超新星爆発となれば
 明るさは100倍になると見積もることが出来る。
 このレベルの明るさであれば、夜を昼に変えてしまうほどと言われる。
 
 太陽系近くでいずれ超新星爆発を起こすと予測されているのが、
 約600光年離れたアンタレス、約640光年のベテルギウスであり、
 共に大質量の赤色超巨星である。
 ただし、いつ爆発するかは不確定であり、
 規模も SN 1054 クラスとなるか定かではない。
 
 アンタレスやベテルギウスよりも近い領域に超新星爆発を起こしそうな天体は無いが、
 もしも近隣で超新星爆発が起これば、強烈なガンマ線に見舞われる事により
 爆心から5光年以内の生命体は絶滅し、
 50光年以内の生命体は壊滅的打撃を受けるとされる。
 近年、地球上における生命の大量絶滅には、
 さそり座・ケンタウルス座連合体と呼ばれる近くの星団などの
 超新星爆発の影響により引き起こされたものがあるという説が提示されている。
 
 白昼の客星よりも低確率の奇跡だが、リスクを伴う、ルナティック。

 参考
 「Wikipedia」 (超新星ベテルギウスガンマ線バースト大量絶滅
 「ホーキング、宇宙のすべてを語る」S.ホーキング、L.ムロディナウ著、ランダムハウス講談社



開海 「海が割れる日」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。うみがわれるひ
 Easy, Normal にて使用。
 長さの異なるレーザーブレードが画面左右端から突き出し、
 下向きに流れる波を描く様にそれらが次第に伸縮する。
 早苗周辺を弾源に、赤棘弾と火焔弾で構成された弾列が
 自機照準で飛来する。
 弾列は時間依存的に長くなる。
 
 開海は造語。海が開く (=割れる) 意か。
 上位スペル、モーゼの奇跡と関連か。
 
 また、諏訪の七不思議、上社七不思議、下社七不思議に挙げられる現象に
 御神渡おみわたり) がある。
 全面氷結した諏訪湖に大きな亀裂が生じ、割れた部分が盛り上がって
 大蛇が這ったような筋が上社と下社の間に女神の道であるかのように形成されること。
 「」 の意は辞書に、地球上の陸地以外の、塩水をたたえた部分とあるが、他に
 「湖など広々と水をたたえた所」 ともある。
 諏訪湖についても、古事記に 「州羽すわのうみ)」 とある他、
 歌枕に 「諏訪の海」 がある。
 しかし、御神渡は本作で別にスペルがあり、
 このスペルの主体は御神渡ではないと考えてよいだろう。
 
 草舎人の小説に、南関東で大地震が発生せんとする架空のシチュエーションに合わせ
 迫りくる地震に備えて地震やプレートテクトニクスの理論を紹介する作品、
 「海が割れる日 小説 南関東地震」 がある。
 フォッサマグナや構造線の話題は長野県が中心ともなる。
 (補遺の、風神録と静岡県を参照。また、風神録の次には緋想天がリリースされた。)
 小説中での 「海が割れる」 とは、プレートテクトニクスに起因して
 東南海沖、太平洋で100年に一度の巨大地震が発生するその瞬間の現象を言う。
 震源の直上、太平洋に船を浮かべて観測していれば、
 巨大地震発生の瞬間には地殻の大変動によって走った大きな亀裂から
 赤く輝くマグマが海上から暗い海中に見えるというもの。
 (洋上なので地震からも津波からも安全)
 観測確率の低さが奇跡に符合することや
 赤い弾列を説明できることから看過できない。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (海)
 「Yahoo!辞書」 (諏訪の海)
 「諏訪大社」 諏訪大社発行のしおり
 「海が割れる日 小説 南関東地震」 草舎人著、東京新聞出版局



開海 「モーゼの奇跡」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。モーゼのきせき
 Hard, Lunatic にて使用。
 海が割れる日の上位版。
 赤弾列と共に、青棘弾と光弾で構成された弾列が
 自機非照準で発生する。
 
 ・モーセ
   「ヘブライ人の指導者。前14世紀頃エジプトに生れ、ヤハウェに拠り苦役の同胞を
    率いてエジプトを脱出、シナイ山において神と民との契約を仲保し、律法を
    民に与え、約束の地へ導いた。モイゼ。モーゼ。」
 
 モーゼは古代イスラエルの民族指導者で、旧約聖書の 「出エジプト記」 などに現れる。
 奴隷として使役されていたイスラエル人をエジプトから連れ出すことに成功し、
 神から十戒を授かってイスラエル人に与えたとされる人物。
 モーゼの誕生からエジプト脱出を経て、十戒や立法の制定を描いているのが
 「出エジプト記」 である。
 出エジプト記にはモーゼによる奇跡がいくつか記されているが、
 弾幕形状や 「開海」 に関係の奇跡と言えば、よく知られる
 海が割れる奇跡である。
 
 イスラエル人たちが逃げ去ったことを知ったエジプト王は軍勢を差し向けた。
 葦の海のほとりでイスラエル人たちが軍勢を見て恐怖に震えた時、
 モーゼは神の命令に従って、手を海の上に差し伸べた。
 すると、強い東風が夜通し吹いて海を退かせ、
 海水が二つに割れて、海水の壁の間に通路が形成された。
 この道を通ってイスラエル人たちは逃れ、直後にモーゼがもう一度海の上に
 手を差し伸べると海水は元へと戻り、追跡していたエジプト人は全滅した。
 この奇跡に直面し、人々は神を畏れ、神とモーゼに信仰をおくようになった。
 
 弾幕や 「開海」 だけでなく、強い東風 (a strong east wind) や
 神にとって信仰を得る決定的な奇跡であったことも注目したい点である。
 
 弾幕の赤い弾列や青い弾列は、以上からは不明であるが、
 海が割れる奇跡の前章で神が人々を先導した、雲の柱と火の柱の奇跡だろうか。
 昼は雲の柱 (a pillar of cloud) が道を導き、
 夜は火の柱 (a pillar of fire) が人々に光を与えた。
 この柱は海が割れる直前のシーンではイスラエル人たちとエジプト陣営との間に移動し、
 両群を接触させなかった。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (モーセ)
 「Wikipedia」 (モーセ出エジプト記
 「Mechon Mamre」>English Bible >Exodus >Chapter 13, 14


Israel's Escape from Egypt.
(「Wikimedia Commons」 より)



準備 「神風を喚ぶ星の儀式」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。かみかぜをよぶほしのぎしきかむかぜを−しんぷうを−
 Easy, Nomal にて使用。
 赤弾丸で構成された星が10個に分裂展開し、
 各線分が弧を描く様に分解し飛散する。
 その間に展開された、青弾丸で構成された星10個が
 各線分がスライドするように分解した弾列が飛来する。
 
 ・神風
   「神の威徳によって起るという風。
    特に、元寇の際に元艦を沈没させた大風をいう。」
 
 神が出現した時、何か威徳を発揮した時などに吹く様な風が神風である。
 「山神渡御」 の項に記したが、神無月に吹く西風を、
 出雲大社へ出かける神々を送り出すことになぞらえて、
 神渡し (かみわたし)、神立風 (かみたつかぜ) と呼ぶ。
 神々の往来には必ずを伴うという。
 また、風の神ともなれば、神威イコールであるため、
 風の神が吹かせる風は神風である。
 記紀神話の風神である級長津彦 (しなつひこ) 命や級長戸辺 (しなとべ) 命に基き、
 科戸の風または級長戸の風しなとのかぜ) という語があり、
 いっさいの罪や穢れを吹き払う風を意味する。
 風の神にちなむ神風である。
 
 神風の代表的なものが、広辞苑にも書かれている通り、元寇
 すなわち、文永11年 (1274年) と弘安4年 (1281年) の二度の蒙古襲来の折に
 幸運にも暴風雨が元軍を襲い元軍は壊滅したというものである。
 弘安の役については、台風による壊滅が有力視されているものの、
 文永の役については撤退中に風雨で座礁したという記録がある程度で、
 神風と呼ばれるような暴風雨が元軍を襲ったかは疑問視されている。
 
 神風と言えば、枕詞の 「神風の」 が 「伊勢」 にかかり、
 日本書紀においても天照大神が伊勢国に到って
 「是の神風の伊勢国は、常世の浪の重浪帰する国なり。」 と述べている。
 伊勢神宮の内宮別宮の風日祈宮かざひのみのみや) は、
 本来は神宮の末社で、農耕に関わる風雨の神としての
 級長津彦命級長戸辺命を祀る風神社ふうじんのやしろ) であったとされるが、
 弘安の役の折に内宮の風神社と外宮の風社で祈祷が行われ、
 その結果として神風が起こり、国難を退けたとされる。
 これを受けてこれらの社はそれぞれ風日祈宮風宮として別宮に昇格した。
 
 一方、弘安の役に対しては諏訪にも伝承があり、「諏訪大明神絵詞」 には
 「後宇多院御宇弘安弐年(己卯)季夏の天、当社神事時、日中に変異あり、大龍雲に
  乗じて西に向、参詣諸人眼精の及所そこはかとなく、雲間殊にひはたの色ひらゝゝと
  見ゆ、一龍か又数龍か、首尾は見えず、何様にも明神大身を現じて、本朝贔負の力を
  入れまします勢なり、何事の先表なるらんとおぼつかなし、同御代の始め、文永十一年
  十月、蒙古襲来の時、尊神御発向の故に、賊船漂倒する事ありしかども、是程の事は
  なかりき、此たびは何なる事のあるべきやらんと疑をなす所に、大元の将軍夏貴范文庫
  使等襲来、六百万艘の船を和漢中間の大洋に連続して、其上に大板を敷つつけて、
  人馬往復二道の浮橋をなさんと算数して、先陳かつかつ数万艘来朝して、後陳の
  つゞくをまつと聞ゆ、爾るに同六月廿五日、悪風俄に吹来て、彼兵船或は反覆し
  或は破裂して、軍兵皆沈没す
」 と、
 文永の役・弘安の役の両方に諏訪の明神が神威を為した事が描かれている。
 
 「神風」 ではないが、風を呼んだ星の儀式としては、
 中国の時代小説 「三国志演義」 における諸葛亮孔明の儀式が挙げられる。
 赤壁の戦いにおける必殺の火計は自軍にも被害を及ぼしかねないものだったが、
 その季節に吹かない東南の風さえ吹けば解決できる問題であった。
 諸葛亮が七星壇と呼ばれる祭壇を築かせ、そこで三日三晩祈ると
 奇跡的にも東南の風が吹き、孫権・劉備連合軍は大勝利を収めたとされる。
 
 以上を総合的に見ると、伊勢の場合、神風と儀式がリンクするが、星が欠ける。
 諏訪の場合、神風はリンクするものの、星と儀式が欠ける。
 三国志演義では風は風だが、神風ではない。
 
 本ページで何度か触れてきた事であるが、
 伊勢と諏訪に信仰の伝播ルートを持つと考えられる天白神
 風の神あるいは星の神などと考えられている。
 への信仰としては、諏訪大社上社本宮と守矢史料館の間に位置する
 北斗神社泰一社) もあるが、同様の天御中主あるいは泰一太一) 信仰は
 「神風」 の発信源である伊勢神宮にも見出される。
 伊勢神宮内宮や別宮の祭事等でしばしば 「太一大一) 」 の文字が用いられ、
 天照大神と太一の習合がうかがえる。
 外宮の豊受大神には最高神の補佐であり穀物神であることから北斗七星が充てられる。
 陰陽を生んだ太極の静の性質の顕れとしての北極星に対して
 その周囲を機械的に巡る動の役割の星々であり、
 水を汲む柄杓の形であることや一年で天の中心の周囲を規則的に巡って
 農事暦の指標ともなり得たことなどからである。
 
 伊勢の神風の儀式がの儀式であるとは言えないが、
 伊勢神宮の主体に北辰信仰があると見れば、
 孔明の七星壇の儀式を補強材にでもして 「神風を喚ぶ星の儀式」 を形成できるか。
 
 次のスペルを発動するための儀式スペルという位置付けで、
 そのために 「準備」 の符名を冠する。
 早苗の備え。儀式のお供えは不明。
 
 諏訪の御室神事では大祝が深い地下に光を閉ざして百日間籠り、
 時に三体の大蛇に見立てたモノと共に豊穣を祈願する。
 五芒星10個の二層展開で、2×5×10=100、というのはこじつけ。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (神風、神渡し、科戸の風)
 「Wikipedia」(神風元寇風日祈宮赤壁の戦い太一天皇大帝御木曳
 「風の名前」 (神渡し、神風、科戸の風)
 「日本庶民生活史料集成 第二十六巻 神社縁起」 三一書房 (諏訪大明神絵詞)
 「Wikisource(中)」> 三國演義> 第四十九回
 「天皇の祭り」 吉野裕子著、講談社学術文庫


蒙古襲来図 (菊池容斎、1847年)
(「Wikimedia Commons」 より)


豊受大神宮別宮・風宮
(著者撮影)


皇大神宮別宮・風日祈宮
(著者撮影)


伊勢神宮・御木曳行事の奉曳車
(「Wikipedia」 より)



準備 「サモンタケミナカタ」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。
 Hard, Lunatic にて使用。
 神風を喚ぶ星の儀式の上位版。
 赤星と青星とを同時に展開する。
 
 ・summon
   「呼び集める、呼び出す、召集する、喚問する。命令する、要求する。」
 
 Summon Takeminakata.
 「召喚、建御名方」
 諏訪大社の主祭神は建御名方神八坂刀売神の夫婦神である。
 雨や風、水の守り神として竜神の信仰も古く、国土開発、農耕生産、
 海運招福、交通安全の守護神として篤く崇敬される。
 時代によっては勝負の神、軍神として崇められてもいた。
 ここでは、東方風神録としてクローズアップされている諏訪大明神の神徳、
 農耕あるいは風雨の神としての風の威徳のための召喚である。
 
 諏訪の神話においては、
 諏訪土着の神々と戦い勝利を収めて侵略に成功したのが
 天竜川沿いから諏訪に侵攻して来た建御名方神である。
 東方では、侵攻して来た外来の神が神奈子、土着の神々の頂点が諏訪子であり、
 戦後、土着の民の信仰を集める為に内外に名を使い分けた神が掲げられた。
 対外的には勝者の神奈子サイドの神としての名 (建御名方) であり、
 王国内では敗者の諏訪子にちなむ守矢という名であった。
 
 ・査問
   「しらべて問いただすこと」
 
 「査問、建御名方
 建御名方神は一般には古事記の記述でよく知られている。
 古事記における国譲りの段に登場する国津神で、
 天津神の建御雷神が大国主に国譲りを迫った際に
 大国主が答えを委ね選任した息子の一柱が建御名方神である。
 この時、八重事代主神は承服したが、建御名方神は力比べを挑んだ。
 これに建御名方は敗れ、諏訪まで敗走、追い詰められて
 今後諏訪の地から出ない事と国譲りを誓約し、諏訪に留まった。
 
 建御名方にまつわる神話は、中央神話と土着神話で立場が逆転している。
 どちらにせよ諏訪に建御名方が存在し、風の神として祀られているのならば
 本スペルを考える際には建御名方の経緯は大きな問題ではなく、どちらでも良いが。
 従って、諏訪神話では語られないが、国譲りに抵抗したものの敗走した建御名方でも
 別段問題は無い。
 特に、国譲りの神話ともなれば、前述の、
 天津神・天日別命から伊勢国を追われて信濃国に逃走した伊勢津彦神が重なる。
 この神は伊勢国外に去る際に、大風と大波を起こしており、風神海神の性質が見える。
 国譲り神話のモチーフの共通から、建御名方と伊勢津彦を同神とする説もある。
 
 国譲りを基底に捉えるならば、
 日本書紀における国譲りで建御名方と同じ位置付けとなる、
 星の神香香背男天津甕星天香香背男) も注目である。
 弾幕がであるため。
 
 もちろん、本作のストーリーも看過できない。
 早苗の霊夢に対する要求は、神社譲りであった。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (査問)
 「SPACE ALC」 (summon)
 「竜神信仰――諏訪神のルーツをさぐる」 大庭祐輔著、論創社
 「古事記」 梅原猛著、学研M文庫
 「諏訪大社」 諏訪大社発行のしおり


建御名方神と洩矢神の戦い
(「諏訪市博物館
 常設展示ガイドブック」 より)


敗走の建御名方神と追う建御雷神
(「諏訪市博物館
 常設展示ガイドブック」 より)



奇跡 「神の風」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。かみのかぜ
 Easy, Lunatic にて使用。
 早苗の周囲に青米弾が右旋回の渦状に次々出現し、
 中心に向かって集束後、弧を描く弾列を形成しつつ飛び去る。
 同時に緑米弾が左旋回の渦状に出現しており、連続的交互に弾幕パターンを織り成す。
 早苗からは青中玉が自機照準で放射される。
 
 「神風を喚ぶ星の儀式」 の 「準備」 スペルを経て発動するスペルで、
 準備した通り、神の風が吹く。



大奇跡 「八坂の神風」
 
 [スペル]
 
 早苗のスペル。やさかのかみかぜ−しんぷう
 Hard, Lunatic にて使用。
 神の風の上位版。
 米弾列の弾量や角度が増強される。
 
 「サモンタケミナカタ」 の 「準備」 スペルを経て発動するスペル。
 
 「八坂」 は、まず順当には、建御名方神の妃神であり、
 夫神と共に諏訪の主祭神である八坂刀売神である。
 これは即ち、八坂神奈子の苗字の八坂である。
 本作の風神であり、タケミナカタの背後には実質的な諏訪の神としての彼女が存在する。
 
 八坂刀売神はその神系に諸説あり、麻績の族の系とも海神の後裔とも言われる。
 前述した様に、「諏訪旧蹟誌」 の記述では、
 「八坂刀売命の父神は、伊勢の八坂彦命であり、
  別名を長白羽神、あるいは天白羽命とする
」 とある。
 
 諏訪の風神としての、建御名方・八坂刀売の起こす風である神風
 伊勢にゆかりの八坂の系により起こされる伊勢の神風、といったところだろうか。
 そして、ステージは八坂神奈子へと受け継がれる。
 伊勢へ至った猿田彦のスペルを展開する文より、
 伊勢から諏訪へのルートを辿るかのような早苗スペルを経て、
 いよいよ舞台は諏訪に移る。
 
 なお、漫画 「北斗の拳」 の過去を描いた作品である 「蒼天の拳」 に
 登場する人物にヤサカがおり、その名は古代ヘブル語で 「神を見る」 を意味する。
 北斗神社北辰信仰と早苗スペルの関わりは前述の通りだが、
 東方Projectにおいては北斗神拳究極奥義である無想転生にちなむスペルや
 緋想天では 「蒼天の剣」 なんてステージタイトルも見られた。
 関連は不明。

 参考
 「Wikipedia」 (蒼天の拳
 「日本の神様読み解き事典」 川口謙二編著、柏書房
 「竜神信仰――諏訪神のルーツをさぐる」 大庭祐輔著、論創社



巫女が神になる
 
 [会話]
 
 Stage5の会話。
  早苗 「神を祀る人間が祀られる事もある
      巫女が神になる事もある」

 
 神に仕え、神を祀る側である少女が巫女である。
 神を信じ仰ぎ、神を降ろしたり、祈祷を行い、神楽を奏して神慮をなだめる。
 一方、神意をうかがって人々に神託を告げる役割も担う。
 神々と人々の間の橋渡しとして双方向性情報伝達の要である。
 篤い信頼を重ねた巫女の中には、何らかのカリスマ性を発揮するなどして
 時に信仰を集めるケースがあったであろう。
 神功皇后など歴史に名を残す巫女がそのまま神格化されることもあれば、
 主祭神に 「妻」 として奉仕した巫女が神格化されて妃神として祀られることも
 古来より起り得た事と推察される。
 
 神の名をいくつか見てみると、末尾が同じ音である神が多いことに気付く。
 判り易いところでは、○○ヒコは男神、○○ヒメは女神、など。
 この○○の部分が同じである場合は夫婦神であることも。
 末尾の規則で見ると、特に 「メ」 のつく神は
 巫女を神格化した神であると言われる。
 
 八坂刀売神もまた、「メ」 が末尾にある女神であり、
 建御名方神の妃神であることから、
 八坂刀売神を巫女が神格化された女神と想像することも可能である。
 八坂神奈子が諏訪の建御名方&八坂刀売の習合イメージである一方で、
 伊勢の八坂刀売天白神と諏訪の祭祀体系・大祝ならびに五官との
 習合したイメージが東風谷早苗と見る事ができるだろうか。
 すなわち、八坂刀売の要素が分割付与されているという仮定である。
 八坂神奈子が中央側、大和からの出自であるため
 伊勢の風神としての要素が弾き出されたものを
 早苗で受け止めたという構図と言うか。

 参考
 「広辞苑 第五版」 (巫女)
 「Wikipedia」 (神 (神道)#神名



 タイトル / 自機 / Stage1 / Stage2 / Stage3 / Stage4 / Stage5 / Stage6 / ED / Extra

補遺1・風神録と長野 / 補遺2・風神録と静岡 / 補遺3・風神録と五行 / 補遺4・風神録と魔除

Acknowledgements & References

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