西行寺
幽々子 [キャラクター] グッドエンディング6種を見ると使用可能になるキャラ。 「天衣無縫の亡霊」 冥界の白玉楼で、成仏せずにのほほんと暮らす亡霊少女。 東方妖々夢のボスで、幻想郷の春の到来を著しく遅らせた張本人。 ふわふわと掴み所の無い発言と行動を繰り返す。 死を操る程度の能力を持つ。 得体の知れない者が不可視なまで微かく分散し幻想郷を包み込んでおり その能力で幻想郷の住人を度重なる宴会に召集しているようであったが、 さて、幽々子の能力では直接その得体の知れない者に出会えるものでも無い。 まずは宴会メンバーの体力を削ぎ、意思を撹乱して操られることを防ぐ、 という回りくどい方法で
もたくたしていれば、住所不明の神出鬼没の友人が きっと出てきてくれるに違いない、と、どこまで幽々子が想定したかは不明。 以前の事典に記載あり:「東方妖々夢」 テーマ曲(幽雅に咲かせ、墨染の桜 〜Border of
Life)についても 以前の事典に記述あり:「東方妖々夢」
幽胡蝶 [技] 幽々子の必殺技。ゆうこちょう。 斜め前方、真上、斜め後方にボタン操作で魂弾群を撃ち分ける。 画面端に接触した魂弾は、敵に照準した蝶弾となり襲いかかる。 胡蝶 …「昆虫のチョウの別名」 胡蝶はまた、蝴蝶とも表記される。 チョウ(蝶、チョウチョ、蝶々)のこと。 また、源氏物語第二十四帖の巻の名であり、謡曲にも同名のものがあり、 雅楽の「胡蝶楽」の略にも用いられるなどする。 中国語でも胡蝶(蝴蝶)は蝶のことで、 大昔にこの漢字表記がそのまま日本に輸入しされたものと思われる。 胡蝶の胡は「ひげ」の意味で、形状から触角を指すと言われる。 蝶と蛾は、昼行性か夜行性か、美しいか醜いか、止まる際に羽を立てるか広げるか、 幼虫は青虫か毛虫か、で一般に見分けられるが、例外も多く、 実際、蝶と蛾は同じ鱗翅目に分類され、系統分類学的な区別はできない。 現代では蝶の美しさや優雅さは一般に認識されるところであるが、 昔は霊・霊魂のシンボル、死の象徴と見られていたところもある。 (万葉集には蝶を詠んだ歌が一首も無い) この辺りは「東方妖々夢」の幽々子のスペル「生者必滅の理」や「バタフライ系」にも記した。 幽胡蝶は、幽霊の蝶という意味合いであろう。 英訳すると "Ghost Butterfly"
で、 東方妖々夢での幽々子のスペル(難易度Easy)の、 華霊「ゴーストバタフライ」にちなむものだろうか。
未生の光 [技] 幽々子の必殺技。みしょうのひかり。 多WAY(いちおう)レーザー。 幽々子の通常射撃で高速弾が無い分、重宝される。 ・未生
…「まだ生まれないこと。まだこの世に生をうけないこと」 仏教用語に「父母未生以前(ぶもみしょういぜん)」、 またはそれを略して「未生以前」という語がある。 「自我の無い絶対無差別の境地。自己を滅却した絶対の境地。無我の境地」 という意味の語である。 「未生以前」は、一般にも転じ、 「生まれる以前。ずっと前。とっくの昔。」という具合に、 未生の頃の時代、時間を指す語である。 仏教用語に強く寄れば、未生=無我という具合だろうか。 無我、幽々子語で「亡我」? ニュアンスが違うか。 死後の流れに沿えば、死→冥界→成仏→生まれ変わり(次の生)の冥界〜成仏あたりか。 まだ、生命と、それに伴う絶対的な死、その両方が定められていない時期。 幽々子のこと? あるいは、これから生を与えられるであろう魂を、 強制的に死に導いて、その一生分のエネルギーを搾取し放つレーザーとか?
悉皆彷徨 [技] 幽々子の必殺技。しっかいほうこう。 ちょいと掲げた手の周囲を魂弾群が旋回する。 ・悉皆
…「残らず。すっかり。全部。まるで。全然〜ない(打消しの語を伴う)。」 ・彷徨 …「当てもなく歩き回ること。さまようこと」;彷徨く(うろつく)、彷徨う(さまよう) 悉皆彷徨=みんな当てもなく歩き回る? 悉皆彷徨は、「悉皆成仏」をもじったネーミングと思われる。 「悉皆成仏」は、涅槃経の言葉「草木国土悉皆成仏」の略で、 「万物すべて仏になるということ。万物ことごとく成仏するということ」である。 幽々子の能力は死を操り、 ちょいと能力を発揮するだけで、いとも容易く絶命させることができる。 死人が増えれば冥界は賑やかになり、 (彼女にとっては)損なことなど無いので、 一時期は遠慮も見境もなく死を蔓延させていたこともあったそうな。 冥界の住人は、これから成仏する身であるが、 それまでは幽霊・亡霊で、さまようばかりである。 幽々子は成仏に導くことまではせず、死者はただ彷徨う魂となるので、 悉皆成仏ではなく、悉皆彷徨なのである。 要は、みんな死んじゃえ、と。(違う)
胡蝶夢の舞 [技] 幽々子の必殺技。こちょうむのまい、だろうか。 すっと前進し、両手に蝶弾をまとった扇を開いて回転。 円形に舞う蝶での近距離攻撃。 胡蝶夢は、「胡蝶の夢」の略と思われる。 中国の思想家・荘子の「斉物論」に描かれる故事が胡蝶の夢。 荘子が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだところで夢が覚める。 果たして荘子が夢を見て蝶になったのか、あるいは蝶が夢を見て荘子になっているのか。 どちらともわからぬ、どちらでもかまわない。 無為自然、一切斉同の荘子の思想がよく表れているとされる。 自分と物との区別のつかない、物我一体の境地。 一般には、現実と夢とが区別できないことの例えにも用いられる言葉である。 ちなみに、東方妖々夢事典に記した「無何有之郷」「罔両問景」も荘子に由来する。 「胡蝶の舞」は「胡蝶楽」の別名。 日本の伝統芸能に舞楽と呼ばれる演舞があり、たいていは雅楽にあわせて舞われるもので、 童舞の四人舞がポピュラーな形式。 背に胡蝶の羽をつけ、山吹のかざしのある天冠をかぶり、手に山吹の花枝を持って舞う。 906年に藤原忠房が作曲、敦実親王が作舞したと伝えられる。 光源氏が童たちに胡蝶の舞を舞わせて舟遊びをしたという話もある。 今では種々の花の品種名など様々に「胡蝶の舞」が使われている模様。→[ イメージ検索 ] 胡蝶の夢と胡蝶の舞を融合させたネーミングではないかと思われる。
死符
「ギャストリドリーム」 [スペル] 幽々子のスペル。 「全方位に蝶弾を打ち出します。」 ・ghastly
…「青ざめた、死人の様に血の気の無い、身の毛のよだつほど恐ろしい、ぞっとする」 Ghastly
Dream. 「恐ろしい夢」 死符なので、それはとてつもなく恐ろしい夢なのであろう。 自身が死ぬ悪夢。 ……本当に夢なのだろうか?
【改訂用の備忘録】 東方雑考のギャストリドリームを参照。
冥符
「黄泉平坂行路」 [スペル] 幽々子のスペル。よもつひらさかこうろ。 「足下に冥界への簡易門を開きそこから幽霊を殺到させます。」 ・黄泉平坂
…「現世と黄泉の国との境にあるとされた坂」 黄泉比良坂、黄泉津平坂、黄泉津比良坂などとも表記される。 黄泉(こうせん)はもともと漢語で地下の泉を意味し、転じて、地下の死者の世界の意味となった。 日本にこの言葉が移入された時に、日本人の考えていた死者の世界・ヨミと結び付けられ、 黄泉=ヨミとなった。 古事記では「黄泉國」と記載され、 太古の日本には黄泉路が存在し、黄泉平坂でつながっているとされた。 イザナギが黄泉の国からイザナミを連れ帰る件りでは、 変容したイザナミから現世に逃げ来たイザナギについて、 「黄泉比良坂の坂本に到った」という表現があり、 坂本=坂の下であるため、黄泉の国から現世に向かって坂を駆け下りたと示唆される。 すなわち、黄泉(よみ)は地下世界とは限らない。 冥界への簡易門を開き、その境=黄泉平坂を圧倒的な速度で駆け下りた幽霊達が そのままの勢いで足元から噴出するのだろうか? そういえば、東方紅魔郷の咲夜のテーマ「月時計
〜ルナ・ダイアル」の 名前の元ネタは、藤木稟著「黄泉津平坂 暗夜行路」(よもつひらさか あんやのみちゆき)。 文字を掻い摘めば「黄泉平坂行路」ともなるが、「津」がないので違うかな。
霊符
「无寿の夢」 [スペル] 幽々子のスペル。むじゅのゆめ。 「持続的に体力を奪う幽霊を一体打ち出します。」 「无寿(むじゅ)」は、無量寿を意味し、 无寿国と言えば無量寿仏国土、極楽浄土である。 无は無と同義で、常用外。 なんだか无寿(むじゅ)のところを誤って天寿(てんじゅ)としてしまいそうだが、 これは実際に「天寿国」がもともと「无寿国」の誤りなんじゃないの?という説に見られる。 天寿国は、聖徳太子が死後に行ったと伝えられる浄土の名で、極楽のことで、 天寿国における太子の往生の様を縫い取りさせた最古の日本刺繍二帳は 天寿国曼荼羅あるいは天寿国繍帳(しゅうちょう)として知られるが、 この「天寿国」は「无寿国」の誤記がずっと残ってきたものと考えられている。 字すがたが類似しているため、写本の際に誤記が発生した模様。 確かに、天寿よりも无寿の方が意味合いがしっくりくる。 六道輪廻の中でも無量の快楽と長寿の授かれる天道、天上界であっても 天人の寿命は有限(天人の五衰 参照)であり、无寿では無い。 輪廻の苦輪から解き放たれるに到るは並大抵でなく、見果てぬ夢。なのだろうか。
死蝶
「華胥の永眠」 [スペル] 幽々子のスペル。かしょのえいみん。 「密度と層がより厚くなったギャストリドリームの上位版です。」 ・華胥(かしょ)…「昼寝。午睡」 華胥が何故「昼寝」を意味するのか、というと、 「華胥の国」の故事からとされる。 中国は道家の典籍「列子」の黄帝篇にある故事では、 中国古代の天子・黄帝が昼寝の夢に見たという理想郷が華胥の国であり、 人々は自然に従って生き、物欲、利害損得、愛憎なく、生死にも煩わされることなく 良く治まっていたという、無為自然で太平の国。 華胥氏の国とも呼ばれ、中国から何千万里も離れたところで、行き着ける手段はなく、 ただ精神のみが遊行しうる所であるとされる。 国の統治について思い悩んでいた黄帝は、この夢により悟るところがあり、 道の極致を会得した黄帝の天下は大いに治まったという。 転じて、「華胥の夢」とは吉夢を指し、 後には単に昼寝を「華胥」、夢を「華胥の夢」、夢を見ることを「華胥の国に遊ぶ」とか 表現したりするようになった。 華胥の国=いわゆる楽園(=无寿国?)で永遠に眠れ、ということか、 昼寝を楽しむまま永遠の死に就くがよい、ということか。
【改訂用の備忘録】 ZUN氏の好きな作家、小野不由美の十二国記シリーズに、 「華胥の幽夢
(かしょのゆめ)」 がある。 (同じ理由から、「幽夢の胡蝶」
の項にも記した)
再迷
「幻想郷の黄泉還り」 [スペル] 幽々子のスペル。 「自分の背後に冥界の門を開き、そこから幽霊たちを殺到させます。」 黄泉平坂行路の上位版。 死んだものや死にかけたものが生き返ること、蘇生することを蘇る(よみがえる)と言うが、 この語は黄泉の国から帰ることからきている。 黄泉から帰るので黄泉帰り。 還るは帰ると同義。 だが、幻想郷が黄泉から帰るのでは、 それまでの幻想郷がすべて黄泉に飲み込まれている訳ではないので 黄泉から帰るの意ではないと思われる。 逆方向に帰る すなわち、幻想郷を、黄泉へと還元する、の意ではどうだろう。 我々が生きる世界から失われた物が萃まる幻想郷は それ自体が失われた世界であり、黄泉の国から派生した、とか? 悉皆彷徨、さ迷える存在は冥界にあり、 冥界に還るはすなわち再迷。 幻想郷が黄泉に帰属するならば、幻想郷のフィールドは黄泉と同等となり、 幽霊たちの世界になるわけで、冥界の門から幽霊たちの受動拡散が押し寄せる様に起こる。
寿命
「无寿国への約束手形」 [スペル] 幽々子のスペル。むじゅのくにへのやくそくてがた。 「无寿の夢よりも体力を奪う幽霊を一体打ち出します。」 无寿国については「无寿の夢」参照。 ・約束手形
…「振出人が、受取人またはその指図人もしくは手形所持人に対し、 一定の期日に一定の金額を支払うことを約束する有価証券」 約束手形を利用しようとする者は、まず銀行との間で当座勘定取引契約を結び、 受け取った手形用紙に署名し相手方に交付する(振出す)。 満期が到来したら、その時の手形の所持人は振出人に支払いを求めるため手形を呈示する。 呈示された手形と引き換えに、手形に記載された金額が、振出人から支払われる。 手元に現金が無い場合に、約束手形を振出して代金に充てる支払手形、 金銭の貸付に当たり、借用書代わりに借主から貸主を受取人とする約束手形を振出させる手形貸付、 経済的信用のある者が手形を振出し、資金繰りに窮した者へ渡す融通手形、などの使用方法がある。 満期(支払い期日)に手形金を支払えない場合には不渡りとなる。実質的に倒産状態。 ここでは支払手形にあてはまるだろうか。 手元に現金が無いため手形を振出して代金に充て、一定期間の猶予を得ることを 極楽浄土への確約に見立て、 一定の期日に一定の金額を支払うことを生命力をさし出すことに見立てているだろうか。 それとも、手形貸付のように単純な金銭の貸付の構図で、 極楽浄土へ渡れる権利と引き換えに、期日までの死を約束するが、 その死が支払われないため取り立て人の幽霊が付き纏って、利子としての生命力を剥いでいくとか。 約束手形は、証券と権利が強固に結合されており、 実務上は全国銀行協会連合会の制定する当座勘定規則と銀行取引約定書の規則で規定され、 また、ジュネーブ統一手形法条約の加盟国間では手形法によって規定されてもいるが、 この約束手形の場合は、果たして…?
符の壱
「幽夢の胡蝶」 [スペル] 幽々子のスペル。ストーリーモードーのCPU専用スペル。ゆうむのこちょう。 咲夜・パチュリー・レミリア・紫使用時限定。 半透明になり
ふわっと舞ったのち、蝶弾の全方位放射多層。 幽夢は、ひそやかな夢、だろうか。 荘子が胡蝶の夢を見たか、胡蝶の夢見ているのが荘子か、という故事は 胡蝶の夢だが、表裏一体遊びで「夢の胡蝶」としてみたり。 胡蝶がひそやかに舞う、ひそやかな夢。 蝶は死と魂の象徴…。 東方Project第4作の「東方幻想郷」に「幽夢 〜Inanimate Dream」という曲がある。 幽夢=inanimate dream
とするならば、無生物の夢、死の夢というニュアンスだろうか。 胡蝶の象徴する死の雰囲気漂う夢。 また、小野不由美著「十二国記」シリーズに「華胥の幽夢(かしょのゆめ)」がある。 小野不由美はZUN氏の「好きな小説家」の一人。
符の弐
「白玉楼の垂れ彼岸」 [スペル] 幽々子のスペル。ストーリーモードのCPU専用スペル。はくぎょくろうのしだれひがん。 咲夜・パチュリー・レミリア・紫使用時限定。 上空から魂弾群がゆっくり舞い降りる瀑布型弾幕。 魂弾と幽々子の攻撃をグレイズを駆使して掻い潜る。 白玉楼については、東方妖々夢事典の「白玉楼階段の幻闘」の項を参照。 「垂れ」は、しずれ、しだれ、たれ、と読める。 ここでは、しだれ、と読み、「垂れ=枝垂れ」となり、 「枝垂れ彼岸」は「枝垂桜(シダレザクラ)」の別名である。 エドヒガン(ウバヒガンとも)の一変種で、枝のたれ下がるもの。 春の彼岸の頃に淡紅白色五弁の花を開く。
符の参
「果てしなく昔の死地」 [スペル] 幽々子のスペル。ストーリーモードのCPU専用スペル。 咲夜・パチュリー・レミリア・紫使用時限定。 冥界への門を開き、殺到する幽霊を噴出させる黄泉平坂行路系スペル。 敵位置を順次トレースして複数の門を開いてゆくパターンと、 フィールド全域に等間隔に複数の門を開くパターンがある。 果てしない、果てしがない、の「し」は強意の副助詞。 果てがない、際限ない、きりがない、終わりのない。 果てしなく昔とは、過去無限の遠方。 人類史よりもずっと昔を指すだろうか。 輪廻の生成された頃から彷徨う、もとは生命体であったかも定義不可能なような 原始の幽霊を召喚しているのだろうか。 スケールが大きくて、時間と空間は等価で、共に果てしなく遠い。 しかし、やはりポイントは「死地」に対して「果て(=死)ない」という言葉遊びか。
桜花
「未練未酌宴」 [スペル] 幽々子のスペル。ストーリーモードのCPU専用スペル。 みれんみしゃくえん、あるいは、みれんみしゃくのうたげ。 咲夜・パチュリー・レミリア・紫使用時限定。 幽々子は空中に留まり、東方妖々夢ボス戦で背後に現れた「扇」を展開。 幽々子からは全方向に大玉放射、扇の複数箇所からは桜を模した粒弾群が開花し自機照準で飛来。 ・未練未酌 …「同情したり斟酌(しんしゃく)したりすること。(多くは打ち消しの語を伴う)」 ・斟酌
…「相手の事情や心情をくみ取ること、くみ取って手加減すること。遠慮すること」 斟も酌も「汲む」意で、斟酌は水や酒を汲み分ける意から事情・心情を汲み取り加減すること。 未練=同情、未酌=相手を気遣って酒を注ぐのを加減する、という解釈だろうか。 「未練未酌が無い」と言えば、同情心も斟酌する心も無い、ということ。 こちらは慣用句としての用法。国語辞典記載。 しかし、四字熟語辞典では ・未練未酌 …「相手の気持ちを汲み取れず、心残りであること」 未練=心残り、未酌=気持ちが汲み取れない、ということ。 あぁ、未酌の解釈が国語辞典と四字熟語辞典で分かれている… 国語辞典に則るならば「同情と加減の、相手の心を十分に汲みとった宴」 四字熟語辞典に則るならば「相手の気持ちを汲めないことが心残りである宴」 弾幕自体は、幽々子の全方位大玉を春風、桜色の粒弾は春風に舞い散る桜花を模したものだろう。 宴は花見の席を指すところまではOK。 未練未酌は… 舞い散る桜花に対する未練と、桜を散らす疎ましい春風の気持ちがどうしてもわからない、 といった解釈だろうか。春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぐなりけり。 しかし、スペルの発動者であり春風を発する主体である者が幽々子自身なので、 春風自身が威力をセーブし、散華を惜しむ人間の気持ちを汲んで、 せめて桜の花弁を贈ろうとしたものだろうか。 春風が桜花の心を汲む。浮世にはとどめ置くかじと春風の散らすは花を惜むなりけり。
「紫(むらさき)の彼岸は遅れて輝く」 [スペル] 幽々子のスペル。ストーリーモードのCPU専用スペル。 紫使用時限定。 空中に留まり、定期的にギャストリドリーム系の蝶弾群を放射しつつレーザーを放つ。 レーザーは、赤青二色あり、それぞれ幽々子から三方向に次々照射され、 赤は半時計回り、青は時計回りに砲口が巡る。 レーザーが接地するとそのポイントから真上に向かって光の柱が立ち昇る。 ・彼岸
…「(仏教用語)悟りの境地、(雑節)春分の日と秋分の日を中日とする各七日間」 ここでは、紫の彼岸とは、紫色の花を咲かせる彼岸桜を指し、 遅れて輝くとは、遅咲き・遅桜を指すものと思われる。 彼岸桜は、春の彼岸の頃に他の桜より早く開花する桜で、エドヒガンに近縁。 彼岸桜はまた、小彼岸や千本彼岸の別名。 紫を名に持つ桜としては、山越紫、紫桜、八重紫桜、矢岳紫があるが、 これらはヤマザクラ群に分類され、葉と花が同時に開く種である。 これらの紫の桜ではなく、やはり彼岸桜の中で紫の花のものを指すのではないかと思われる。 紫の桜と彼岸は東方花映塚でのキーワード。 また、遅桜は春の盛りを過ぎて、他の花が散った後に遅れて咲く桜の花を指し、 その珍しさと哀れさが古来より風流人に好まれた。 スペル名としては「むらさきの桜」を主題と置いたものだが、 やはり八雲紫戦のみに使用されることもあり「八雲紫の彼岸」の含蓄もあるだろう。 この彼岸は「(川の)向こうの岸」、三途の川を渡った向こうで、 簡単に言えば「死」。 どれだけ生きることのできる妖怪かは判らないけど、 あなたよりも私の方が先に「死」(成仏)を迎えるでしょうね。と、 幽々子から友人に送られたメッセージだろうか。 中島みゆきの曲に「紫の桜」がある。 関連は不明。
幽明境内 〜 Dead
Easily [タイトル] 幽々子のストーリー、Stage1 大木の有る墓地 2nd Day
14:00、妖夢戦。 レミリア同様、宴会前日より行動開始。 レミリアと違ってゆとりあり、さほど急ぐ風ではない。 まずは出掛けに見張りの妖夢にちょっかいを出す。 幽明は、暗と明・幽界と顕界・冥土と現世・死後の世界と現在の世界、の意味である。 この幽明を用いた語として、「幽明界を異にする」(ゆうめいさかいをことにする)がある。 幽界と顕界に分かれる、死別する、の意味。 AさんとBさんのうち、Bさんが亡くなれば、 Aさんは顕界、Bさんは幽界と、界が異なるものとなってしまったということ。 ZUN氏は東方妖々夢のキャラ設定テキストにおいて「幽明境を分かつ」の表現を使用している。 境=界 境内は境界線としての結界により囲まれた領域を指す。 冥界は八雲紫によって張られた幽明結界により顕界と隔てられているが、 幽々子と妖夢が冥界で会話&弾幕している場面のタイトルが「幽明境内」なので、 冥界の方が結界によりぐるりと取り囲まれ閉じた世界であると考えられる。 Dead easily easily
は副詞なので、動詞を修飾する、が、動詞が見当たらない… 例えば、She was dead easily.
ならば、彼女はあっけなく亡くなった、となるが、 dead easily
では主語も不明。 一般レベルの話なので主語と動詞を省略し、Dead easily
=人は誰しも簡単に亡くなるものだ という無常観だろうか。 あるいは、"dead"
には名詞としての意味はあるため、これを主語とし、 easily
のかかる動詞が省略されているものだろうか。 死者(幽々子)は容易に〜する。 な…何をする!?
人魔戦 〜 Magical
Battle [タイトル] 幽々子のストーリー、Stage2 博麗神社 2nd Day
15:00、魔理沙戦。 神社を訪ねたところ、黒い魔法使いに出会う。 出会ったからにはアレしかない。「アレねぇ。」 人魔戦……通例ならば人と魔との戦というところだが、 幽々子が人にも魔にも属さないため、 ここでは魔法使いの人との戦闘、だろうか。 マジカルバトルだし。 「蕁麻疹みたな言い方するな」とつっこまれそうなタイトル。
境のお茶 〜 Shinto
Shrine [タイトル] 幽々子のストーリー、Stage3 博麗神社 2nd Day
16:00、霊夢戦。 掃除の後に散らかされたのではたまったものではない。 が、散らかした当の本人はどこふく風。 茶を勧めると思いきや、やはりアレ。 神社の境内でのお茶の話題。 神社を中心に幻想郷に霧散している存在に幽々子は気付いており、 神社に到った所から通常の会話と本心としての話を、茶をキーワードに口にする。 霧散している萃香を、時間を経るにつれて損なわれる茶の香りに例え、 また、弾幕の腕前か精神か、幽々子が相手の魅力を計るアンテナに触れる何らかの要素をも 茶の香りに例えて、幽々子自身は茶較べを楽しんでいる風でもある。 Stage2にて、霊夢は?と聞かれた魔理沙は 「さぁな、その辺でお茶を飲む準備をしているか、その辺でお茶を飲んでいるか」 と答える。これに対して幽々子は「妙な選択肢ね」「特に後半」と言う。 「お茶を挽く」という言葉があり、芸者や遊女などが客がなく暇でいることを言う。 霊夢は芸者・遊女ではないが、暇であることには頷ける。 それに比べれば、お茶を飲んでいる=暇ではない、ということが妙。 そして、Stage3にて、霊夢に対して 「で、次はあなたがお茶を飲む番」 来客があればお茶を出す。暇ではなくなる。 戦闘後 幽々子 「お茶は神社に限るってね。私も一つ頂こうかしら」 幽々子 「あ、でも今日は急がないといけないんだった」 霊夢 「別にいいんじゃない?お茶くらい」 幽々子 「茶腹も一時よ。本当の満腹は明日までお預けね」 ・茶腹も一時
…「茶を飲んでも、しばらくの間は空腹をしのぐことができる。 わずかなものでも、一時しのぎになることの例え」 一見、今日はお茶で空腹しのぎ、明日は宴会で満腹に、という発言だが、 実際先を急ぐ幽々子はここではお茶をしていないと思われる。 皆の意思をかき乱し、操られないようにする、というのは一時しのぎとしてのもので (紫も「ぬるい」と言っていることだし) 本命は、今日の騒ぎを見てとった紫(打開策)が明日には現れるだろうということを 暗示しているものとも思える。 Shinto Shrine
は「神社」
幽霊学の死 〜
Deathplace [タイトル] 幽々子のストーリー、Stage4 紅魔館時計台 2nd Day
21:00、咲夜戦。 軽い漫才ののち、アレ。 幽霊学、妖怪学(spectrology)は、幽霊・妖怪を民俗学的に研究・解説する、民俗学の一分野。 specter
は「幽霊、お化け、亡霊、恐ろしいもの」の意味で、幽霊学の方がしっくり来るが、 ネット検索でも「妖怪学」の方が「幽霊学」よりも圧倒的に多い。 妖怪の方が種類が圧倒的に多いため、探究心も深まるし、分野も広がるのだろうか。 海外ではポルターガイストを扱う種類の幽霊学があったり、 哲学者・フッサールの現象学が幽霊学っぽかったりするらしい。 日本の場合は、幽霊・亡霊について民俗学的に、 例えば「日本ではいつ頃から『幽霊には足がない』という概念が定着したか」 とかの探求も幽霊学となる。 ちなみに、幽霊の足がなくなったのは、江戸時代に 怪談などの心霊ブームが起こったあたりで定着したと考えられている。 絵画表現などで、人間との区別をする目的で演出的に用いられたものと個人的に推測。 あの頃の庶民画などは漫画表現の原型っぽい記号化が目立つが、 単純化のデメリットとして類似の造形の描き分けが難しくなり、 人間と幽霊の描き分けの、ビジュアル的に最も分かりやすい解決策だったのではないかなぁ。 咲夜 「そう言えば、あなたは足があるの?」 幽々子 「ほら、右足の隣に左足があるわ。そのくらい常識ですよ」 おそらく、これをもって「幽霊学の死」 Deathplace 「死んだ土地」、「死地」。 丁寧にも、死地まで定められた幽霊学。
可視化の儀式 〜
Visionary
Night [タイトル] 幽々子のストーリー、Stage5 Masquerade 紅魔館ロビー 2nd Day
26:00、レミリア戦。 決戦は丑三つ時。 咲夜に時間を稼がれたのか、咲夜戦から何故か5時間経過。 目的も知れず、強大な力を持つ幽々子だし、咲夜はかなり警戒したのだろうか。 そして、紅魔館の主と対面し、 神社のお茶(神茶;こうちゃ(幽々子造語))と紅魔館のお茶(紅茶)の茶較べ。 Stage4の戦闘後の幽々子のセリフ 「姿が見えない敵はね。明日には見えるかもしれないわよ」 Stage5では 「明日には面白い物が見えるかもしれないわね」 これらをもって「可視化の儀式」。 幽々子の描くシナリオは、 皆の意思をかき乱すことで操られることを防ぐ →と見せかけて、幻想郷中にアピールをすることで紫を釣り出す →霧散している不可視の存在を、紫の能力で萃めてもらう →見えざる者を懲らしめ、あるいは、そのチカラの程を測る という具合。 幻想郷中を巡るのは、 1.上記の様に程度良く暴れて(4〜5人ほど倒し)アピールすること、 2.巫女のチカラを確かめ、それを基準に他の者のチカラも較べ、 最終的に不可視の者のチカラも見ること、 3.相手の能力が未知数であるため、 レミリアが操られて運命操作で逃げられるという最悪のシナリオを回避すること これらが目的であったと考えられる。 したがって、霊夢と戦ったのはそのチカラを(再度)確認するため レミリアと戦ったのはその意思をかき乱して操られることを完全に防ぐため 他の3人とのアレはついでで他の人物でも良かったと思われるが、 ルート上は自然とその3人に落ち着いたといったところか。 幻想郷中を巡る2nd
Day
の中でも、最重要はレミリア戦だったと思われ、 万全を期すため丑三つ時まで時間を潰したか、咲夜の時間稼ぎも想定内だったか… ・visionary
…「予見力のある、空想にふける、思弁的な、非現実的な、幻想的な」 Visionary Night 「先見的な夜」 レミィ 「やっぱり回りくどいわね。私だったらもっとストレートに黒幕を狙うのに」 幽々子 「あら、急がば回れって言葉知ってる?」 レミィ 「時は金属製なり、よ」 幽々子 「銀のナイフね。でも本当はね、銀のコップの方が時を止める性質を持っているのよねぇ」 急がば回れは、「早く着こうと思うなら、危険な近道より遠くても安全確実な方法を とったほうが早く目的を達することができるという例え」。それに対して 時は金(かね)なり、「時は貴重であるからむだに過ごしてはならない。Time is
money.」。 時は金なり→時は金属製なり=銀のナイフ→咲夜の時間操作 銀のコップは、銀の器に入れた水が腐敗しないことを、時を止めるものと解釈したのだろうか。 銀の器に入れた水には銀イオンが溶け出し、その殺菌効果により水は清浄に保たれ、 この性質により古くから宣教師達は銀容器に聖水を保管した。 また、旧約聖書・創世記に描かれるヨセフは、占いに銀のコップを使用したとある。
旧知の友 〜 Open a can
of worms [タイトル] 幽々子のストーリー、Border Line 博麗神社(境界) Feast Day
17:00、紫戦。 紫 「そんなんじゃあ駄目よ。幽々子のやり方はいつもぬるいわねぇ」 幽々子 「そうかしら?でもほら、貴方の登場は予定外っぽいし」 たぶん、幽々子以外にとっては予定外。 かなり古くからの友人関係。 「しょうがないわね。だって、幽々子の頼みだもの」 でも、友人の健気に頑張る姿を見ると潰したくなっちゃう困ったちゃん。 ところで、旧知の旧は「一日結界」の一日とのシャレだろうか? 古くから知る友であり、一日を知る(操る)友人。 a can of worms
は「釣りエサ用の虫の入ったカン」のことで、 開けると虫がぞろぞろ出てくるため、すぐに蓋を閉めないと厄介なことになることから open a can of worms
は 「厄介な問題を引き起こす、災いを呼ぶ、収集のつかない事態を引き起こす」と かなりとんでもないことになるような意味合い。「パンドラの箱をあけてしまう」レベル。 紫あるいは萃香がパンドラの箱だろうか…。 open a can of worms
は用例で見ると「厄介な問題を引き起こす」以外にも 「厄介な問題に首を突っ込む」ニュアンスもあるようで、 これまでは加害者にも被害者にもノータッチのBorder
Line に居た紫が 今回の騒動に首を突っ込んできたことを指すか。
萃夢幻想 〜
Pandemoniac
Land [タイトル] 幽々子のストーリー、Immaterial and Missing Power 幻想郷 Feast Day
19:00、萃香戦。 紫の能力で、香りを萃めるように萃香を可視化。 萃香 「あんたの符合はわざと?それとも偶然?」 ・栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし) 「白檀(びゃくだん)は発芽の頃から香気を放つことから、 大成する人は幼少の時から優れているという例え」 幽々子は、小汚い小鬼で香りもへったくれも無さそう、と随分な表現に用いたが、 萃香 「文字通り私の褒め言葉でしょう?私は萃まる香り」 萃夢想が、「萃まる夢、想い」に分解されるならば、 萃夢幻想は「萃まる夢、幻想」だろうか。 英題については霊夢の項を参照。
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項目 / 博麗霊夢 / 霧雨魔理沙 / 十六夜咲夜 / アリス・マーガトロイド
/ パチュリー・ノーレッジ
魂魄妖夢 / レミリア・スカーレット / 西行寺幽々子 / 八雲紫 / 伊吹萃香 // 紅美鈴
Acknowledgements &
References
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